新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

三国志最大のヒーロー

 本書は1991年に5年にわたる連載が終わって文庫化されたもの。作者の陳舜臣については、これまでにも「小説十八史略」や「耶律楚材」など中国の歴史小説をいくつも紹介している。三国志についても「秘本三国志」や「曹操」を読んだことがある。その紹介記事でも書いたように「諸葛孔明」は作者の代表作と言っていいだろう。シビアな歴史家からは高く評価されない「蜀のひとりの軍師」だが、「三国志演義」では天才と謳われている。しかし中国本国より日本での評価が高くなったのは、恐らく本書の影響だろう。

 

 ただ「演義」にあるように、呪術によってありえない風を吹かせるようなシーンは本書にはない。あくまで聡明な行政官であり、軍事的な采配も得意な普通の人物として孔明の一生を作者は描いた。幼いころ徐州での曹操軍の殺戮シーンを見て、曹操に天下を獲らせてはいけないと孔明青年は考えている。そのために多くの武将を見るのだが、やはり人物といい麾下の戦力といい曹操をしのぐ人物はいない。そんな中、配下に関羽張飛趙雲という勇将はいるのだが軍師に恵まれず流浪を続ける劉備玄徳に、孔明は可能性を見出す。

 

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 まだ漢王朝の残滓がある時代で、皇帝になれるのは「劉」姓であるべきと思われていたのだ。荊州を治める劉表益州の主劉璋も劉姓である。しかしいずれも領主の人物は優れているとはいいがたい。そこで劉備がこの2人から領地を「禅譲」されるなら、十分な勢力となりうる。孔明は、豊かな地荊州と西方の益州を抑えれば、江東による呉と北を治める曹操の魏の三国で鼎立関係にすることができると「天下三分の計」を主張する。作者の筆は抑え目ながら、史実(三国志)を下敷きに孔明の悩みや成長も含めて巧みにフィクションを交えていく。

 

 それにしても人の寿命の短かった時代である。曹操66歳まで生きたが、異例の長寿と言ってもいい。800ページの長編だが、終盤200ページでは登場人物が次々に死んでいく。孔明と同等の能力を持っていた龐統は戦死、関羽は捕らわれて処刑、張飛は暗殺、趙雲劉備は病死と多くは50歳まで生きられない。そんな中、魏の国で頭角を現す司馬仲達と孔明は、漢中の覇を競って対峙することになる。

 

 作者の歴史作家としての巧みさが、随所に感じられる傑作でした。登場人物も生き生きとしていて、フェアに扱われていましたしね。