新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

EUに感じる違和感の源泉?

 10余年にわたりデジタル経済に関する国際連携で、日米・日欧等の会合に出席しているが、米国に比べて欧州委員会のデジタルに対する警戒感の強さを常に感じる。かつては個人情報保護について厳しい規定(GDPR)を要求し、今はAIに対して倫理を求めたりハイリスクなものには制約を加そうとしている。

 

 その理由について、GAFA等米国企業への恨みだと思っていた。しかし単にGAFA憎しではないはずで、それについてはアイデアがなかった。この疑問にヒントを与えてくれたのが本書(2019年発表)、新進気鋭の哲学者でボン大学マルクス・ガブリエル教授に日本のジャーナリスト大野和基氏がインタビューした結果をまとめたものだ。

 

 ガブリエル教授は「新しい実在論」を唱え、「世界は存在しない」とか「意味の場の外に現実はあり得ない」など凡人には理解できない言葉で思想を表現する。今世界は危機を迎えているのだが、

 

・価値の危機 ⇒ 普遍的な(人類の)倫理観が壊れ、人種差別主義が横行

・民主主義の危機 ⇒ 人間が尊厳を失い、コモンセンスが得られない

・資本主義の危機 ⇒ 経済(企業)が倫理観を失い、新自由主義が台頭

・テクノロジーの危機 ⇒ 自然科学者には行動規範という概念がない

・表象の危機 ⇒ イメージが簡単に操作されるため、真偽がわからなくなる

 

 の5点が危惧されると教授は言う。

 

        f:id:nicky-akira:20210428205744j:plain

 

 教授は「新しい実在論」はデジタル社会の進展で生まれたといい、現状を次のように分析する。

 

・インターネットは民主的でなく、人類をクリエイティブにはしない。

・市民はGAFAを活用しているつもりで「タダ働き」をさせられている。

・機械はうまく働くが信用できず、自動化が経済崩壊をもたらす。

・各国で進行する新自由主義は、人間性を捨象したシステムである。

・トランプの保護主義EUの瓦解などは、グローバル化への不安から起きた。

 

 そこでデジタル時代への次なる貢献は新しい思想の波がもたらすとして「新しい実在論」を提唱しているという。企業はよりよき社会を造る義務があるのだから、モラル企業への脱皮を図り、そのためにも多くの倫理学者を重用すべきだという。これはEUのいう「AI倫理」や「説明責任」に相通じるものだ。

 

 また得られた情報も歪められているとして「ゼロトラスト」に近い対処を勧めています。いつもEU側と話していて感じる違和感の源泉、ここにあるような気がします。