新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

日本の安楽椅子探偵

 意外なことだが都筑道夫の作品を紹介するのは、これが初めてらしい。軽妙なタッチとピンポイントの鋭い推理が特徴の作家で、長編よりも短編の冴えがすごいと思っている。本書は、作者の短編集のなかでも一二を争う名探偵「退職刑事」の第一集である。

 

 デビュー当時怪しげなインド人キリオン・スレイを探偵役にしたシリーズなどがあったが、さすがに一般受けはしなかったらしい。それが江戸時代を舞台にした「なめくじ長屋」シリーズ(11冊)と「退職刑事」シリーズ(6冊)の短編集は、1970年代の日本ミステリー界を代表するものと思う。

 

 「退職刑事」は、オルツィ男爵夫人の「隅の老人」シリーズに似た安楽椅子探偵ものだ。捜査一課の刑事をしている五郎は、男ばかり5人兄弟の末っ子。父親もかつては「硬骨の刑事」だったが、今は「恍惚」にも見える老人だ。父親は同じ職業の後輩でもある末っ子の家にちょくちょく遊びに来ては、五郎から事件の話を聞く。

 

https://nicky-akira.hateblo.jp/entry/2019/08/17/000000

 

 の記事で「隅の老人」を「解決しない探偵」と紹介したが、「退職刑事」は彼よりは少し進んで犯行を立証する糸口までは息子に告げることが多い。本書には7編の作品が収められているが、いずれも同じパターン。五郎が話すみずからが手掛けている事件の様相を聞いて、父親が居眠りを始めると推理がまとまった状態。

 

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 恐ろしくマンネリなのだが、作者自身が徹底的にマンネリにこだわったというのだから仕方がない。各々40ページほどの中で読者に突き付けられる事件は、かなり特異なものばかりだ。

 

 ・男物のトランクスだけ履き、あとは何も着ていない若い女の死体

 ・上衣を着ているのに、さらに2着の上着を持って通りを歩いていた男

 ・ボトルドシップに付け加えられた他殺体の人形が「殺人予告」になった件

 

 いずれも非日常の事件なのだが、それを逆説的に解釈する老刑事は、息子にチェスタートンばりの推理を示して見せる。作者の手際はよくわかったので、次は「なめくじ長屋」シリーズを探してみましょうかね。