新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

科学捜査の曙、1780

 2009年発表の本書は、連綿と続く英国ミステリー史の中でも高い評価を得るべき作品だと思う。作者のイモジェン・ロバートソンは歴史ミステリーを得意としていて、本書がデビュー作。上下巻合計650ページ以上の大作だが、3つの物語が交互に語られ大団円に向かって徐々に収斂してゆく手際は、非常に優れている。時代はアメリカ独立戦争直後で、この戦争が事件に大きな影響を与えている。

 

 ひとつはサセックスの町で、代々ここを治めるサセックス伯爵ソーンリー卿の領地で起きる、連続怪死事件。卿の豪邸に隣接するウェスターマン提督の土地で、身元不明の男がノドを斬られて殺されていた。提督夫人ハリエットは旧知の解剖学者クラウザーの協力を得て事件を解決しようとする。

 

 ハリエットは被害者を伯爵家の関係者と考え、失踪中の長男アレキサンダーではないかと言うのだが、次男ヒューは言下に否定する。さらに寝たきりのソーンリー卿の付き添い看護婦が首つり死体となって発見される。

 

        f:id:nicky-akira:20200731113408j:plain

 

 もうひとつはロンドンの片隅、「ゴードン暴動」で街中が騒乱の中にあり火の手も上がったいた。アダムズ楽譜店の店主と幼い息子・娘の貧しいが温かい家庭に、暗殺者がやってきて店主アレキサンダーを殺す。子供たちは居合わせた友人らが助けるのだが、暗殺者は何度も襲ってくる。

 

 三つ目は1778年のボストン、ヒューは当時英軍の大尉。民兵たちとの戦闘に倦み、ついに銃の暴発で顔の右半分に火傷を負い右目も失う。彼はそこで、かつてソーンリー家にいたという下僕に出会う。

 

 僕には、このころのイギリスの知識はほとんどない。貴族と平民の厳然とした区別があり、ヒューはボストンの民兵たちの「階級がない社会」を理解できないでいる。ほかにもカトリックへの差別は大きく、独立戦争の傷をいやそうと政権がカトリック差別を撤廃し国民融和を図ろうとした結果、反対勢力が暴動を起こし1,000人規模の死者もでたという。さらに迷信がはびこり、クラウザー医師らの科学捜査はなかなか認めてもらえない。

 

 ミステリーとしてよりも、圧倒的な叙事詩をして読んだ方が感動が大きいと思う。平民は貧しく都会でも田舎でも搾取されているし、豪華絢爛な生活の中で貴族も悩み、長子総取り相続である貴族家の次男坊は不安定な身分だ。本書を読んで、1930年ころの英国作品の分かりにくかったところが納得できたように思いました。