新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

旅館<スタグ>で死んだ男

 1948年発表の本書は、以前紹介した「ホロー荘の殺人」に続くアガサ・クリスティーポアロもの。まだ戦後の色合いが濃く、配給チケットがないと旅館に滞在できないとの記述もある。ロンドンから列車で数時間かかる田舎町ウォームズリイ・ヴェイルで起きた膨大な遺産を巡る事件に、居合わせたポアロが挑む。

 

 まだ戦争中の1944年、ロンドン空襲(V2か?)で百万長者のゴードン・クロードが死んだ。屋敷にいた使用人3人も即死、40歳ほども離れた新妻ロザリーンだけは命をとりとめた。ロンドンのパブで空襲監視員をしていたポーター少佐から、その経緯をポアロは聞いていた。

 

 2年後、田舎町ヴェイルの旅館<スタグ>にやってきたポワロは、そこで未亡人ロザリーンに会う。死ぬ直前にゴードンが書いた遺言書によって、26歳のロザリーンは莫大な遺産を独占していた。クロード家には多くの親類縁者がいるが、彼らには遺産は渡らず中には困窮しているものもいる。ロザリーンは怪しげな雰囲気の中で、ヤクザな兄ディビッドを頼りに生きている。

 

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 実はロザリーンには前夫ロバートがあり戦場で死んだことになっているが、生きているのではとの疑惑がある。もしそうならゴードンとロザリーンの婚姻は無効になり、遺産はクロード家の者たちに渡る。そんな折<スタグ>にやってきた中年男が、ロバートは生きているという。

 

 関係者が浮足立った夜、男は旅館で頭部を損じて死んでしまった。側に火掻き棒が転がっていたことから、凶器はこれだと警察は考えた。ポアロはゴードンともロバートとも面識のあったポーター少佐を呼び出し、少佐は検視審問で死者はロバートだと証言する。しかしロザリーンは別人だと言い張った。

 

 事件を分かりにくくしているのは、複雑な人間関係。クロード家の者たちも決して一枚岩でなく、誰もが秘密を抱えているらしい。ポアロは担当のスペンス警視に、

 

 「さよう、私の関心は常に、人間関係に向けられています」

 

 とスタンスを吐露する。320ページのうち前半2/3は、比較的ゆっくり物語が進む。ポアロも田舎町の人達と会話を続けるだけであまり冴えない。しかしさらに2人の死者がでた後、突然ロンドンに向かい解決のヒントをつかむ。

 

 プロットに隠された作者の大トリックには驚かされました。最初の死者がロバートか否かに読者が気を取られているうちに・・・。ミステリーの女王、さすがです。