新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

合衆国が「国」に戻った時

 本書の著者三浦瑠麗氏は、国際政治学者。今は山猫政策研究所長として「朝まで生TV」などの政治番組の常連コメンテーターである。僕が国際政治学者として尊敬している藤原帰一先生が、10年以上前に彼女をほめていたことから注目するようになった。

 

 本書は著者がトランプ大統領を産んだ2016年の米国大統領選挙を取材して、米国の状況と国際情勢を分析したもの。勝利するはずだったヒラリー・クリントン候補がなぜ落選したかという直截的なことだけでなく、50年以上にわたる米国の内部で溜まった「中間層没落」というマグマやオバマ政権に対する市民の不満などが綴られている。それらの分析は、通常日本のメディアが取り上げるものとは違った視点に基づいていた。

 

 ヒラリー候補の敗因は彼女が「女性や黒人からも嫌われる性格」だったことだけではなく、旧来型の選挙常識から脱却できなかったからだとある。つまり、

 

・北部の民主党の牙城(例:ミシガン州)が、共和党を支持するのはあり得ない。

・移民排斥や女性蔑視のトランプ候補に、ラテン系や女性が投票するはずがない。

 

 というのは、2016年には常識でなくなっていたという。それは50年前は米国のブルーカラーでも今の1,000万円以上の年収があったのに、それがどんどん目減りし中間層が没落したことに起因する変化に気づかなかったことである。

 

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 これが「サンダース現象」を産み、中間層から貧困層に落ちた人たちの声を大きくした。オバマ政権は最貧困層を救ったが、それは逆にそれよりちょっと上の人達の反感も買うことになる。そこに目を付けたのがトランプ候補、移民を排斥し海外軍事費を減らし減税をすると言って支持を集めた。

 

 僕が社会人になってから米国の人と付き合って、特に産業界の人は米国人ではなくコスモポリタンだと思った。米国そのものも、国というよりは「世界から優れたヒト・モノ・カネが集まって闘うリング」だと思っていた。ヒラリー候補はそれを維持するつもりだったが、トランプ候補は「合衆国を国に戻す」と言ったわけだ。

 

 筆者はヒラリー候補の感覚は「ポスト冷戦期」のもの、トランプ候補は「ポスト冷戦後」を見ていたという。しかしこの時点(2016年)では、中国の脅威はまだそれほどでもなかった。5年経って「ポスト冷戦後」が、米中対立(新冷戦)になろうとしてます。現時点での筆者の認識、一度聞いてみたいですね。