新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

歴史はフィクションである

 本書の作者は西洋史を題材とした小説が得意で、1999年に「王妃の離婚」で直木賞を獲得したこともある。英仏100年戦争を舞台にしたものとして「傭兵ピエール」「赤目のジャック」などの作品がある。ただ本書は小説ではなく、作者のバックボーンたる英仏100年戦争についての歴史観を表わしたものだ。100年戦争と言えば僕たちが習った歴史では、

 

・イギリスとフランスが14~15世紀にわたって繰り広げた戦争

・前半エドワード黒太子がフランスに侵攻

・後半ヘンリーⅤ世がフランス軍を追い詰め

・オルレアンの少女(ジャンヌ・ダルク)が登場して逆転

 

 して今の英仏両国のおおまかな領土が決まった・・・となっている。しかし作者はこれに真っ向から異議を唱える。14世紀までの歴史も振り返りながらこう主張する。

 

・両国とも地方豪族が支配する土地の総称でしかない。

・政略結婚が多用されて合併もするが、遺産相続での離反も相次いだ。

イングランド王はフランス語を話し、フランスにルーツを持つフランス人。

イングランドは庶民は英語、貴族はフランス語を話す格差社会だった。

 

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 常にイングランド軍を凌駕する戦力を持つフランス軍だが、全く統率がとれず各豪族が勝手に突撃をする。イングランド軍はウェールズの長弓隊をうまく使い「Cross Fire」で騎乗の豪族たちを倒した。平民をうまく使った勝利である。

 

 黒太子はフランス南西部アキテーヌの大公となって、スペイン国境近くのガスコーニュまでを領有した。黒太子の死後アキテーヌが侵略されると、イングランド王はボルドーワインが飲めなくなると青くなったという。

 

 またヘンリーⅤ世は英国では英雄だが、少年期はぐれていたとされる。しかし実は単にフランス語が不得意な貴族青年だったと作者は言う。これは大きなことで、英語しか話せない庶民王の登場は、フランスの一地方だった英国を一本立ちさせるきっかけになったのだ。ヘンリーⅤ世以前のイングランドは、大陸国家の一部だった。もし100年戦争が「英仏合同王国」で決着していたとしたら、海洋国家たる大英帝国は生まれなかったろうと作者は言う。

 

 それがなぜ今のような「歴史」になったのか、作者はその主犯をシェークスピアだと指摘する。彼が「英国勝った、ヘンリーⅤ世すごい」式の宣伝をしたので、市民がそう思い込んだのだという。そう、歴史はフィクションそのものなんですね。