新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

リュー・アーチャー探偵登場

 以前「別れの顔」などを紹介した、正統派ハードボイルド作家ロス・マクドナルド。1944年にエスピオナージ「暗いトンネル」でデビューしたが、ミステリー界に足跡を残したのは本書(1949年発表)に始まる、私立探偵リュー・アーチャーものによってである。文壇に名を残したのは後期の「別れの顔」(1968年発表)以降だとする解説を前回紹介したが、それ以前の作品も相当レベルの高いハードボイルドだと僕は思う。

 

 ハメットのワイルドな探偵サム・スペード、チャンドラーの孤高の探偵フィリップ・マーロウと並んでも、リュー・アーチャーは決して劣らぬ堂々たる私立探偵ぶりである。本書のデビュー時、アーチャーは35歳。恐らくは高卒で警官になり、太平洋戦争中は、情報部で働いていたこともある。

 

 離婚歴があり家族について語ることは少ない彼だが、情報部時代の上司でもあるハンフリーズ地方検事や近隣の警官・法曹界とはうまくやっているようだ。ただ本書の登場シーンでも石油王サンプソンの夫人に、離婚関係でうまくやった実績を買われて依頼を受けることになる。決して、殺人などの重大事件を専門にしている「探偵」ではない。

 

        f:id:nicky-akira:20200602152530j:plain

 

 大柄で殴り合いもできるし、上着の下には拳銃を吊っているタフガイだが、決してそれを売り物にはしない。「人を見る目」を警官時代や情報部時代に培っており、それが探偵業の財産だと言っている。一方で現地の無能な保安官には軽口を叩いて嫌われ、「探偵の免許をとりあげるぞ」と脅かされたりする。このあたりマーロウに比べて若いせいかちょっと生意気だが、気骨ある男っぷりである。

 

 依頼の内容は、ロサンジェルスの空港から失踪してしまった石油王を探すこと。石油王は妻と息子(戦死)を亡くし、娘と後妻とくらしているが、家庭は複雑だ。プライベートジェットのパイロット(もちろん復員兵)など住み込み使用人も多く、娘を巡ってパイロットと顧問弁護士がいさかいをしている。

 

 失踪の状況を調べたアーチャーは誘拐を疑うのだが、それを裏付けるように本人から「10万ドル用意してくれ」との手紙が届く。アーチャーは屋敷内に共犯者がいるとみて地方検事の力も借りて捜査を始める。

 

 メキシコ国境が近く、麻薬や不法移民の話が再三出てくる。戦後間もないころからこの地域の問題は変わっていないようだ。改めて面白く感じたアーチャーもの、もっと探してみましょう。