新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

演劇関係者の執念

 本書は先月シリーズ第一作「迷走パズル」を紹介した、パトリック・クェンティンのダルース夫妻もの。前作ではアルコール依存症でレンツ博士の病院に入院していた演出家のピーター・ダルースが、駆け出し女優のアイリスと知り合い病院で起きた殺人事件に巻き込まれる話だった。

 

 事件後二人は婚約し、ピーターは演劇界への再挑戦とアイリスを一人前の女優にすると約束する。本書はピーターが若手脚本家ヘンリーの戯曲「洪水」を気に入り、三幕ものの舞台に仕上げようとするところから始まる。資金がそれほど潤沢ではないピーターが選んだのは、ニューヨークで老舗のダゴネット劇場。ここでは30余年前に若手女優が首つり自殺をしたことがある。

 

 選んだ俳優もいわく付きが多い。主演男優は大物だが、航空機事故で顔に大けがを負い、整形はしたものの鏡を嫌っている。主演女優は夫のDVが原因の離婚が成立したばかり、再起をかけての舞台だ。彼女は強引に若手俳優を連れてきてキャストに加え、周りは「愛人か?」と疑っている。イギリスから呼び寄せた女優は風邪が抜けず、劇場に因縁深い老優は「ほかの劇場にしてくれ」とダダをこねる。

 

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 アイリスも出演するこの舞台、主演女優だけではなくピーターを含む関係者のすべてが、何かに挑戦しようとしているのだが何かの秘密も持っている。脚本家のヘンリーにくっついてきた叔父の写真家も、不穏な動きを見せている。主演女優の別れた夫も劇場に出入りしているようだ。

 

 リハーサルの初日、イギリス女優が楽屋で女の幽霊を見たと言い出し、死体の役どころをするはずだった老優も何かを楽屋で見て心臓発作で死ぬ。このあと、関係者の秘密にからんで次々と難題が降ってくる。本当に初日の幕は開けられるのか・・・焦燥にかられるピーターはお酒に手を出しそうな自分を叱咤して奔走する。

 

 事件の謎は前作同様病院長のレンツ博士が解くのだが、演劇関係者の執念と幕を開けられるかのサスペンスが秀逸。思わぬキャスティングで初日の舞台が始まるのだが、これが成功するか否かを楽屋で見守りながら、ピーターたちはレンツ博士の謎解きを聴く。最後の30ページは、ミステリベスト30に推薦したいくらい興奮した。

 

 普通のサスペンス作家だったと思っていたのですが、立派な本格ミステリーでした。隠れた傑作と言えるでしょうね。