新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

変格作家の正統サスペンスもの

 これまで「目撃者を探せ」「探偵を探せ」「被害者を探せ」の3作を紹介しているネブラスカ州生まれの女流作家パトリシア(パット)・マガーはユニークな変格ミステリー作家である。探偵が犯人を捜すのではなく、犯罪はあったのだが特殊なシチュエーションで、別の目標を探す話を多く発表している。

 

 これらの作品は、1940年代後半に集中していて、その後作者は普通小説や短篇集などに軸足を移していった。本書(1967年発表)は、作者の後年の作品。内容は正統的なサスペンス小説となっている。

 

 大物俳優夫妻マークとサヴァンナには、触れたくない過去があった。マークは劇作家のレックスとコンビを組んでいたが、そこに加わったのが新進女優のサヴァンナ。若い3人はトリオで演劇業界でのし上がっていった。やがてレックスとサヴァンナは結婚、ケニーという息子も産まれた。しかしケニーが4歳の時、レックスは自動車事故で車椅子暮らしになってしまう。それから半年後、3人が暮らしていたコテージの側の崖下でレックスの死体が見つかった。

 

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 警察はレックスの死を、誤って崖から転落した事故と判断したが、マークとサヴァンナには人に言えない秘密があった。そして2人は結婚したが、ケニーは内向的な性格で、2人に心を開かない。

 

 成長したケニーは実父の才能を受け継いでいて、劇作家としてデビューする。「エルシノアの郊外」という脚本は舞台演出家ウォーレンの目に留まり、6月の公演に採用されたのだ。しかしそのコメディ脚本には、レックスの死に関わる何かが盛り込まれているらしい。大物俳優であるマークは、ギャラをギリギリまで下げてその舞台に立とうとする。ウォーレンは喜ぶのだが、ケニーは浮かぬ顔。それでもチケットは(マークの加入のせいか)完売になった。

 

 ベテラン・中堅・新進の俳優たちが繰り広げる、役を勝ち取る工作や暗闘、演出家のビジネス視点や劇作家の立ち位置など、演劇業界の裏事情はかなり細かい。またなさぬ仲のマークとケニーの心の探り合いなど、心理描写も綿密だ。シェークスピア劇(マクベスハムレット等)が随所に顔を出し、古典にうとい僕などには難しい面もある。

 

 変格作家だとばかり思っていた作者の手になる、正統的なサスペンス小説でした。