新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

救いのない物語は始めから

 1950年発表の本書は、以前「殺意の迷宮」を紹介したサスペンス作家、パトリシア・ハイスミスのデビュー作である。普通ミステリー作家は、ホームズやクィーンもしくはマーロウなどの探偵ものを読んで、ミステリーを書こうとするものだ。しかし作者は、デビューまでにほとんどミステリーの類を読んだことは無いという。

 

 作者の長編小説は20作ほど、大半が邦訳されている。有名なのは第三作「太陽がいっぱい」で、アラン・ドロン主演、ルネ・クレマン監督で映画化され大ヒットした。本書も1951年にアルフレッド・ヒッチコック監督で映画化され、やはりヒットしている。有名な作品ゆえ長く本棚にはあったが、まだ読んでいなかった。それがNHKBSで映画が放映されたことをきっかけに「見てから読もう」という気になり、今回手に取ったもの。

 

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 若手建築家のガイは結婚3年目の妻ミリアムと離婚したいのだが、ミリアムがウンと言わない。しかし実はW不倫で、ガイにはアンという恋人が、ミリアムにも愛人がいる。妻のわがままに手を焼いていたガイだが、偶然長距離列車でブルーノーという青年と知り合う。彼は富豪の息子だが、父親が吝嗇にカネを抱え込んで自由にさせてくれないと不満を募らせている。

 

 二人きりで酒を酌み交わすうち、お互いの苦境がわかり、ブルーノーは「交換殺人」の提案をする。ミリアムを殺してやるから父親を殺してくれというのだ。互いにアリバイを用意しておけば、全く疑われることはない。一笑に付したガイだが、ブルーノーは本気で計画を練り始める。そしてブルーノーは10日後にミリアム殺しを決行する。

 

 作者の筆は、堅実だが名誉欲の強いガイ、性格破綻気味だが母親想いのブルーノー、賢い娘アンらの性格をヴィヴィッドに描く。強要されたガイは、拳銃を手にブルーノーの父親を狙うのだが・・・。

 

 映画は小説の1/2くらいのところで、一気にクライマックスに向かう。ヒッチコックにとっては「交換殺人」のアイデアと、ガイの苦悩を描ければ十分だったのかもしれない。しかし筆者はその後のストーリーを積み上げていき、最後は救いのない結末まで書ききった。「殺意の迷宮」もそうだったが、これはミステリーというより「救われない犯罪者の物語」である。

 

 デビュー作には全てが出るといいますが、パトリシア・ハイスミスもそうだったということですね。