新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

まだ「一億総中流」だったころ

 本書の著者飯田経夫教授は、僕の母校で有名な経済学者。たまにノーベル賞学者がでる大学だが、全部理系。文系で有名な先生は、この人くらいかなと思う。僕の学生時代も教鞭を取っておられたのだが、僕自身は受講したことはない。サークルの同僚が、経済学部の学生で「厳しい先生ですよ、ゼミも大変」と言ったのを覚えている。

 

 1997年発表という本書の背景は、バブル崩壊阪神淡路大震災オウム真理教事件という日本経済が直面した複数の試練だった。「経済学とは社会哲学」と断言する筆者は本書でも、

 

・なぜバブルが起きたか。

・対米貿易黒字が「内需拡大」という政策を産んだ。

・対米追随は戦後の「植民地意識」から。

・日本はケインズ主義に反して平和な平等社会を築いた。

・インターネットなどただの「電子公告チラシ」。

 

 と社会哲学的な持論を述べておられる。本書を買ったのは2000年ごろで、すでに政策議論に加わり「Global&Digital」の扇動者だった僕は、この主張に結構戸惑ったものだ。ただ今読み返してみると、参考になることも多い。筆者はこれがベストだとは言わないまでも、

 

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・「抜擢・間引き」方式よりは「年功序列」の方が平等を保てる。

・それが「一億総中流」社会を作った。

・戦後の食うものがない混乱期を乗り越え、日本は豊かになった。

 

 と評価しておられる。一方で経済人を、人の上に立つ人(士官)とヒラの人達(兵卒)に分けて、次のような「社会哲学論」を展開する。かつての英国のように厳然とした階級・格差社会では、徐々に「ヒラ」の不満が溜まっていく。それを改善しようとしてのがケインズ経済、公共投資を増やし社会福祉を充実させ企業に規制を加えたのはいいが、財政赤字を増大させた。

 

 一方で米国は規制緩和をし企業TOPが「ヒラ」とはケタ違いの報酬を得られる社会を作った。日本ではどちらの道もとらず「一億総中流社会」を作れたという。ただ懸念はあって「ヒラ」も含めて豊かになると、

 

・衣食足りて礼節を知る。

・小人閑居して不善を成す。

 

 の両面が出て来て、特に後者が前面に出てくると社会が混乱するとある。同時に「ヒラ」の福祉にタダ乗りしタカリをすることも課題だという。

 

 PHP新書の刊行は1997年、本書は通しナンバーが007と事実上の創刊本でした。飯田先生は2003年に70歳で亡くなりましたが、今の日本を見たらなんと仰るでしょうか?