新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

兵器技術者の試練

 第二次世界大戦直前の緊迫化する国際情勢を背景に、それまでの「外套と短剣」式のエスピオナージをシリアスなものに変えたのがエリック・アンブラー。これまで、

 

・第三作「あるスパイの墓碑銘」

・第五作「ディミトリオスの棺」

 

 を紹介している。今回、第六作「恐怖への旅」が手に入った。発表はすでに欧州大戦がはじまっていた1940年、作中の時代設定も1940年である。ナチスドイツはポーランドを攻撃、ソ連ポーランドを分割する。ソ連フィンランドに侵攻し、ドイツは英仏と小競り合いをしていた。まだイタリアは参戦しておらず地中海は表面上は平穏だが、緊張は高まっていた。

 

 第一次世界大戦では敵同士だった英国とトルコ、今は同盟国で英国はトルコを自陣営に加えたい。そこでトルコに軍事援助をすることにした。トルコは新造軍艦に最新式の大砲や魚雷を積みたがり、英国の兵器会社は専門の技術者グレアムを派遣する。新造艦や工場を回って兵装を整える準備に数週間を要したが、グレアムは任務を終えイスタンブールで最後の夜を過ごしていた。

 

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 退廃的なバーで呑んでいた彼は、情熱的な踊り子ジョゼットの楽屋まで訪問し、夜半にホテルの部屋に戻った。すると侵入者がいて、3発拳銃で撃たれ、グレアムはかすり傷を負った。彼を保護したトルコ秘密警察のハキ大佐は、すでに一度グレアムの暗殺計画を未然に防いでいたことを明かし、予定の列車(オリエント急行?)ではなくジェノバ行きの貨客船での帰国を命じる。暗殺者はルーマニア人のベーナトという男らしく、彼はミュラーというナチススパイの指揮で動いていると大佐はいう。

 

 グレアムが死ねば今回の準備にかけた数週間は無駄になり、英国が新しい技術者を送っても6週間ほど工程に遅延が生じる。ナチスはその6週間を稼ぎたいのだ。半信半疑で貨客船に乗ったグレアムは、そこでジョゼット夫妻やトルコの旅商人、フランスの鉄道技師、ドイツの大学教授らと知り合う。平穏な船旅は、寄港地のギリシアでベーナトらしき男が乗船することで一変する。グレアムはトルコで渡された拳銃を頼りに生き延びようとするのだが。

 

 拳銃すら撃ったことがない青年技術者が、プロの暗殺者に追われるというシチュエーションがとてもリアル。驚いたのは本書の解説をあの江戸川乱歩が書いていること。乱歩の解説は旧かなづかいでとても読みにくい。それでも歴史的価値のある1冊と思いますね。