新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ユトリロと大観の贋作

 1985年発表の本書は、内田康夫初期の力作。白皙の名探偵、警視庁岡部警部が登場する。最初の事件は彼がまだ警視庁に入ったばかりのころ、新婚旅行から帰ったばかりの実業家夫婦が碑文谷の自宅で何者かに襲われ、夫(29歳)が刺殺された件。新妻の華子は美女だが42歳、21歳のこれも美しい娘薫がいる不思議なカップルだ。被害者宅は有力な画商だが被害者に恨みをもつ人間も見つからず、事件は迷宮入りになる。

 

 それから10年余り、秋田の田舎町を旅していた若い画家茂木は、雪に振り込められた宿で画商のような男と知り合う。男は大酒を飲み、酔うほどに荷物を開いて見せるのだが、それはユトリロ横山大観の絵だった。数ヵ月後、絵画界に近い実業家のツテで茂木は、銀座にOpenした大規模な画廊のセレモニーに招かれる。多くの有名画家の作品が集められていて、そこで茂木は秋田で見たユトリロと大観の絵に再会する。

 

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 ひょっとして贋作?と感じた茂木は、画廊の主である母子に接近するが、彼女らこそ華子と薫だった。言いがかりをつけるゴロツキ扱いされた茂木は、秋田であった男の似顔絵を描いて彼を探そうとする。しかしようやく彼の名前を探し当てた時、その男は軽井沢で死体となって発見された。

 

 一方岡部警部は10余年前の事件を忘れておらず、軽井沢で死んだ男がその事件の関係者だったことから軽井沢を訪れる。そこで、警部は死んだ男がかつて「鬼才」と言われた画家だったことを知り、さらに茂木と会って事件の奥深さを知ることになる。作者は1作毎に入念な調査をしたのだろう、画家や画商の世界のウラを徹底的に暴いている。

 

 僕の父親は画家のはしくれだった。だからユトリロと大観、油絵と日本画を一人の贋作者が書けるものだろうかと不思議に思った。テクニックが全く違うのだ。岡部警部もその点に気づき、事件は徐々にほぐれていく。

 

 作者の作品は、30年ほど前に浅見光彦シリーズを一杯読みましたが、初期の作品は読んでいませんでした。光彦シリーズは面白いのですが、なんとなく書き流しのような気がして「傑作」とは思えませんでした。作者が亡くなってからで申し訳ないのですが、初期の力のこもったミステリーに出会えて、良かったと思います。