新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

9月14日PM10:23の銃声

 本書は巨匠エラリー・クイーンの後期の作品、1965年発表で以前紹介した「第八の日」の次に位置する。作者たちはこのころのエラリーをいろいろなシチュエーションに置いて、ある意味試練を与えている。前作ではネバダ砂漠に迷い込んだし、本書ではライツヴィルのスキーで大けがをしたエラリーは、両足をギブスに固められて病室に監禁されている。

 

 初期の名作を連発していたころのエラリーは、若さも目立ったが物語の最初から登場して事件を追う。再三名推理をするのだが真犯人には手が届かず、死体が出るたびに名探偵ぶりを発揮し、当然最後には勝利する。しかしそうなると連続殺人が必須条件になってしまい、後年のエラリーは一つの殺人を解決するだけになり、そのために300~400ページを費やすことになる。

 

 本格ミステリーはやはり短編が本質、事件があり名刹神のごとき名探偵が鮮やかな解決を見せるには長編は長すぎるのだ。これを長編で実現するには、上記のように連続殺人にするか、名探偵の登場を制限するか、別の興味で読者をつなぎとめるなどの策がある。本書では、そんなわけでエラリーの登場は半ば近く、事件解決の段になってようやく退院できるのだ。

 

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 代々の実業家で富豪の家に生まれたデインは、父アシュトンの命に逆らい事業を継がず作家になろうとしているが修行中の身。ある日母ルーテシアに呼ばれて「父に愛人ができたらしい」と告げられる。デインが探りを入れると、アシュトンは水曜日夕方変装して自社経営のアパートを訪ねることがわかる。そこに住んでいるのは有名な服飾デザイナーのシーラ、「同時には1人だけの男」と言うが1年余りで恋人を取り換える美女だ。デインは両親の復縁のためシーラに恋を仕掛けるのだが、逆に虜になってしまう。

 

 ある夜、シーラとデインは喧嘩をし、デインがアパートを飛び出した後、シーラのアパートに何者かが侵入する。シーラは警察に電話するのだが、電話の最中に射殺されてしまう。通話記録の銃声は、PM10:23だった。父母に容疑がかかるが、デインの依頼で介入したエラリーの推理で、いずれも嫌疑は晴れる。しかし事件は、まだ解決されたわけではない。

 

 例によってアナグラムを使った推理、最後の10ページの大逆転劇はさすがです。ただ、どうしても前半が冗長ですね。「別の興味で読者を・・・」というのは、なかなか難しいようです。