新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

翻訳者で変わるトーン

 1959年発表の本書は、以前「梟はまばたきしない」を紹介したA・A・フェアの「クール&ラム探偵社」もの。このペンネームはE・S・ガードナーの別名だが、このシリーズは本家のペリイ・メイスンものより良質なミステリーだと思う。特に小柄で腕っぷしはNGだが頭の切れるドナルド・ラム君の行動様式は、立派なハードボイルド私立探偵のもの。

 

 ただ今回気づいたのは、翻訳者が直木賞作家の田中小実昌だったこと。メイスンシリーズとは違って「梟・・・」もコミさんの翻訳だった。コミさんはハードボイルドが大好きで、フィリップ・マーロウものの翻訳もある。それゆえ翻訳文がハードボイルド調を帯びてきたのかもしれない。

 

 本書ではラム君は、巨漢の女所長バーサ・クールの雇用人ではなく「クール&ラム探偵社」の共同経営者になっている。とはいえ、顧客とのビジネス交渉はクール女史が、事件解決はラム君が担当することに変わりはない。

 

        f:id:nicky-akira:20210127131427j:plain

 

 今回の事件は2つ、生活費の面倒を見てくれていたエーモス叔父さんが田舎町からの絵葉書をくれた後行方不明になったと女の子が人探しを依頼してきたことと、同様に絵葉書をくれたセールスマンの夫マルカムと連絡がとれないという若妻ダフネの依頼。それが同じカーヴァーシティのガソリンスタンドからだったことから、ラム君は2つの事件を同時に追いかけることになる。

 

 行方不明の2人にはお金の事情がある。エーモスおじさんは35歳までに犯罪を犯し有罪とならず、生きていれば莫大な遺産を継ぐことができる。35歳の誕生日まではあと2週間あまり。マルカムにも多額の生命保険(事故死の場合倍額)が掛かっている。ラム君はそのガソリンスタンドに出かけ、マルカムがエーモスらしき男と正体不明の「プリプリした体の金髪女」を乗せて、その町を去ったことを探り当てる。カジノの街リノでマルカムの車を見つけたラム君は、エーモスは無事見つけたがマルカムは死体となっていた。

 

 頼りの叔父さんがいなくなって困窮している女の子とその母親に、ラム君が差し伸べる援助の仕方が憎い。またエーモスや容疑者となった金髪娘を警察より先に見つけ、保護するやり方もカッコいい。

 

 もっと探したいシリーズですが、コミさんの翻訳に1点だけ注文があります。「知っている」などの「っ」を「つ」と書く癖がおありで、ときどき読み間違えてしまうのが難点なのですが・・・。