新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

まるで映画か小説のような

 本書は以前「へんな兵器」を紹介した軍事史ライター広田厚司が、第二次世界大戦の嘘のような実話を集めたもの。11編の物語は欧州戦線・太平洋戦線と広く分布し、分野も多岐にわたるバラエティ豊かなものだ。軍事スリラー小説みたいだし、映画化してもいいようなものばかりだが、実際に映画化されたものもある。

 

 第7話の最長の脱走トンネルを掘った件は、実際「大脱走」という映画のモデルになった。戦時捕虜はジュネーブ条約で保護はされているが、脱走して後方をかく乱することは捕虜としての義務でもあった。当然捕虜を監視する側としても脱走を防ぐことに尽力するわけだ。本件の舞台となった現在はポーランドのザガン近くに設置された収容所「スタラク・ルフト3」は、脱走用トンネルの掘りにくい砂地で、特徴的な黄色い砂の上に作られた。

 

 この収容所北地区に送られたのは英空軍捕虜700名、「ビッグX」こと脱走委員会委員長であるブッシェル中佐の指揮の下、トンネル掘削の準備にとりかかった。委員会はトンネルに送風する装置やレール上で土砂を運ぶ手押し車まで自作して、9m地下を通る100mにも及ぶトンネルを掘り進んだ。その努力に対して、結果がどうだったかは議論が分かれる。一旦脱走に成功した76名のうち73名が逮捕・殺害されている。生き残った捕虜たちの証言から、映画の原案が作られている。

 

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 第10話のカッパーヘッド作戦は、ノルマンディ上陸作戦前のモントゴメリー将軍に「替え玉」を用意したという話。枢軸軍もフランス上陸が近いことは知っており、そのキーマンたる将軍の動静には注目していた。その監視網をかいくぐって将軍に上陸準備をさせるには、「替え玉」が上陸作戦に無関係な活動を続ける必要があった。

 

 その「替え玉」に選ばれたのは英陸軍給与部隊にいたジェームズ中尉、彼のもとにある日陸軍映画部(!)のニーブン中佐から電話があった。有名な俳優デビット・ニーブンも戦時には陸軍にいて宣伝・記録映画に関わっていたらしい。ジェームズ中尉は極めて将軍に似ていて、オーストラリアの舞台俳優の息子だった。ただ似ていて演技は出来ても、変えられないこともある。将軍は禁酒主義者だったのに中尉は大酒のみ、ストレスに負けてジンをあおって酔い潰れたこともある。

 

 あきれ返るような話を11並べた本書、戦争と言う暗いものの中である種の明るさを与えてくれるものでもありました。