新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

田舎町の土地高騰

 本書(1996年発表)は、マーガレット・マロンの「デボラ・ノットもの」の第四作。前作の舞台ハーカーズ島から、デボラは本拠地ドブズに戻って新しい事件に挑む。今回の事件の舞台はデボラの生家のある田舎町、米国で格差が拡大し不動産の高騰が顕著だった1990年代。土地高騰は、ついにノースカロライナの田舎町にまで波及してきた。

 

 田舎町では住人の全てが知り合いで、多くは血縁関係にある。子供が多く結婚・離婚も多い。デボラ自身、11人の兄(母親は一人ではない)を持つ末っ子だ。18歳までは離婚しても子供の扶養義務はあるので、その関係の訴訟も多い。連れ子への遺産相続などの訴訟も、それに劣らず多い。早婚の傾向もあり、40歳前なのにもう「おばあちゃん」になっている人もいる。

 

 そんな町だが、土地の取引はこれまでほとんどなかった。売買と言っても親族間でのものばかりでよそ者が土地を買うなどあり得なかった。しかし不動産高騰の波で、町にも開発業者が出入りするようになった。そんな中、地主ジャップの息子ダラスが射殺される事件が起き、2人目の妻が殺害容疑で逮捕された。もし有罪となると土地の相続権はジャップの甥のアレンに渡る。

 

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 それを聞きつけたアレンが町に帰ってきた。彼は、デボラが若気とヤクの至りで一時期結婚していたならず者だ。さらにデボラを悩ませるのは、兄の一人アダムも帰ってきたこと。彼はコンピュータ技術者で博士号も持ち、シリコンバレーの企業の幹部だったが、M&Aで職を追われそうになっていた。高騰した実家の土地を売って、そのカネで独立しようと目論んでいる。ジャップ家とノット家双方が相続問題でモメる中、ジャップが何者かに殺されアレンが失踪してしまう。

 

 前3作以上に、デボラの田舎町の濃密な人間関係が事件の背景に浮かび上がる。美しいノースカロライナの秋の自然描写ゆえに、それらがより醜悪に見える。デボラは自らの中にいる<牧師>と<現実主義者>の声を聴きながら、事件の渦中に飛び込む。

 

 20冊を超えるデボラを主人公にした大河ドラマだが、日本ではこの4冊しか翻訳されていない。11人の兄はもちろん、密造業者だった80歳過ぎの父親、多くの叔母・兄嫁・甥・姪、親戚同然に育った保安官など多彩な人物が登場する。彼ら自身の物語が展開していくだろう5作目以降も読みたかったです。なお本書は第一作に続き、アガサ賞を受賞しています。