新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

歴史探偵の遺言

 本書は今年初めに亡くなった「歴史探偵」半藤一利氏のあまたの著書から、エッセンスの部分を取り出して1冊にまとめたもの。筆者は少年期に太平洋戦争を経験し「進め一億火の玉だ」などという言説を信じていたが、終戦で価値観が一変することになった。

 

 文芸春秋に入社し作家の坂口安吾らの原稿取りをしていて、彼らから「歴史に絶対はない」と知らされる。そこで主に日本の近代史を研究し始め、著作は80冊以上に上った。すでに僕自身も何冊も拝読しているが、改めて興味が湧いた点をいくつか紹介したい。

 

1)日露戦争は辛勝だったが、国民は大勝したと考えていた。

 主犯はメディアである。「勝った」と書けば売れるので、その点ばかりを強調。和平後、領土も賠償金も獲れなかったので市民の怒りが「日比谷焼き討ち事件」で噴出。従犯は政府(軍部)。良かった点ばかりを上げ、日本軍は最強と思わせた。石橋湛山は日本の実力を鑑み「小日本主義」を唱えるが、市民は納得せず日中戦争から破局に向かうことになる。

 

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2)驕った日本陸軍ノモンハンで痛打を食らうが、反省の色なし。

 事件研究委員会は、火力価値の研究が不十分・誤りたる訓練による突進・火力優勢の敵軍には急襲戦法が要、と反省しながらも本質的な解決を迫っていない。当時のエリート軍人は根拠なき自信を持ち、底知れず無責任であった。

 

3)満州国大日本帝国にとどめを刺した。

 日露戦争で「10万の英霊と20億の国費」を投じて得た中国東北部の権益、これを「満州国」に仕立てて帝国の生命線とした。分不相応に広大な領土を持ってしまったことが、国力を傾け滅亡に至る直接原因である。

 

4)几帳面な東条英機

 軍事官僚の典型ともいえる東条首相は、陸軍大臣参謀総長を兼務していた時期がある。この時部下が報告に来て話を聞き始めると「それは統帥事項だな、ちょっと待て」と別室に行き着替えて参謀懸章を付けてきた。3つの立場をそこまで厳密に分けていたのだ。

 

5)21世紀の日本に向けて

 国全体で贅沢を止め、自然をこれ以上壊さない。(経済発展など)このくらいで収めておかないと、もう一度国が滅びる。

 

 1)については日本国民が増長していたということ、これは今の中国市民の一部にも言えそうな気がします。5)は耳が痛いですね。僕らは21世紀に20年入り込んでも、なお「デジタル成長」を声高に叫んでいるのですから。