2016年発表の本書は、元警視総監吉野準氏の手になる「HUMINT工作の教科書」。筆者は、
・警視庁公安部参事官
・警視庁警備局局長
・ユーゴスラビア大使館書記官
などを歴任していて、国内の防諜活動やテロ対策、海外における諜報機関との交流などを通じて情報工作の経験が豊富な人。警視総監として、また官邸中枢にいて国家の危機を実感した人でもある。公表できる範囲でだが、
・大韓航空機爆破事件後の「パンドラ作戦」
・上海領事館員が、中国のハニートラップで自殺した事件
などを、歴史上の大物スパイ(ゾルゲ・ペンコフスキー・ゴルディエフスキー)らの実例とともに紹介している。また自身も、ベオグラード在勤時に複数の接触(当然東側から)を受けている。もちろんインテリジェンス機関の行動様式について詳述はできないので、フレデリック・フォーサイス(オデッサ・ファイル等)とジョン・ル・カレ(寒い国から帰ってきたスパイ等)の名を揚げ、参考に出来るとしている。
本書で主に取り上げられているのは「HUMINT」、いわゆるリアルなスパイの活動である。内通者等をリクルートするには4つの動機(MICE)を使う。
M:Money
I:Ideology
C:Compromise
E:Ego
Cの代表的なのがハニートラップ。不都合な状況に置いて、いうことを聞かないとバラすぞと脅すわけ。古来の美人局などとはスケールが違い、本当の映画監督や女優を雇って仕掛けてくるので、留意していても素人では避けられない。
諜報の世界で役に立つ人間の条件は、強靭な精神力・高度な知力・異文化への好奇心・愛国心・ユーモア感覚・人間味の6つと厳しい。加えて日本には「スパイは卑しい仕事」との観念があり「スパイは紳士のお仕事」とする英国などとは、人材確保が難しいという。
国際的な諜報機関の連携についても、筆者は「警察」なので他分野の人と見られてなかなか交流が難しいという。FBIとはできても、CIAとは情報共有ができないというわけ。インテリ情報の共有については、他に、
・交換が原則なので、こちらもインテリ情報を持っていないといけない
・日本の機関内で機密保持ができることが求められる
という条件がある。これはサイバーセキュリティのインテリ情報についても全く同じ。本書には「SIGINT」の話はありませんが、大変参考になりました。