新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

志摩半島の公共交通

 本署(1999年発表)は津村秀介の「伸介&美保シリーズ」の1冊。60余冊ある作者の長編ミステリーも、本棚に残るのは2冊になってしまった。作者が、2000年に67歳の若さ(僕ももうじきその年になる)で急逝してしまったことが惜しまれる。浦上伸介という名探偵もはじめのころは時刻表トリックばかりが目立ったのだが、徐々に事件そのものに厚みが出て来てこのころが円熟期だったような気もする。

 

 今回の舞台は早春の志摩半島、町田市の「手塚整体医学院」が主催した14人のツアーが2泊3日で賢島と鳥羽を巡る。ところが賢島で1泊しただけで東京に帰った男が「のぞみ14号」で、2泊後ツアーの人たちより一足先に帰った男が「こだま424号」で連日毒殺された。いずれも缶飲料に混入した青酸毒で死亡したもので、前者は東京駅終着後、後者は新横浜駅手前で発見された。

 

 ところがこの2人、神奈川県内有数の信用金庫の厚木支店の副支店長で、どうもツアーには偽名で参加していたらしい。「手塚整体医学院」は数年前に開業した機関で、CEOは元関西方面のクラブママだったという30歳代後半の美女。出入り業者いじめでカネに汚いと噂され、当該信用金庫との付き合いもあったようだ。

 

        f:id:nicky-akira:20201122090038j:plain

 

 メディアが「新幹線連続殺人事件」とはやし立てるので、新横浜駅手前で死体が見つかったため担当になった神奈川県警淡路警部を助けて伸介&美保も事件に介入するのだが、浮かび上がった容疑者には鉄壁のアリバイがあった。

 

 背景となっているのは、実際に1990年代にあった金融機関相手に「見せ金」を使う詐欺事件。一番上と一番下にだけ真札を使って、中味はわら半紙という札束を使う手口だ。このあたり事件記者だった作者の取材は綿密で、読者もその巧妙な手口を勉強することが出来る。初期の作品にはない、事件の背景を追求する目というのが作者の特徴になってきている。

 

 そして最後は賢島・鳥羽駅で見送った男にどうやって追いつくか(しかも2度も)というアリバイ崩しになる。志摩半島は交通不便に見えるが、JRのほか近鉄も充実していてもう一つの移動手段もある。僕はそれを知っていたのでトリックは解けました。適度な謎解きと事件への興味、いいバランスのシリーズなのですがあと2冊とは残念です。