新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

暗号の大家の「情報倫理・哲学」

 本書は今年9月、出版されたばかりの本。著者辻井重男教授は暗号学会の重鎮で、そろそろ90歳を迎えられるのにお元気である。ある業界団体の理事長をされていて、その団体主催のイベントに参加したところ本書をいただいた。「フェイクとの闘い~暗号学者が見た大戦からコロナ禍まで」とあるように、太平洋戦争の終戦で「国の理念すらも一夜でひっくり返る」ことを辻井少年が経験したところから話が始まる。

 

 筆者によれば、大本営発表こそが国を挙げての「フェイク」だったことで、筆者は戦後の自由の中で論理より情緒が勝りやすい日本人の特性も考えて、暗号論を研究したとある。推測するに「真実を伝えるための研究」をされたかったのだろう。情報セキュリティの研究は、理系のようでいて文系との垣根が低いものだった。

 

 情報セキュリティは「総合・相乗・止場」の三要素が大事。「止場」とは聞きなれない言葉だが、例えば、

 

電子投票において、匿名性の保証と不正防止の両立

・個人情報漏洩と過剰反応への対策

・情報漏洩の際の情報公開の是非とタイミング

・監視における不快感の解決

 

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 を具体的に論じてあり、要はバランスのとり方だと理解した。本書では、産業界が進めようとしている「Society5.0」は、理念的世界と現実的・欲望的世界の融合だとしていて、ますます「情報倫理」や「情報哲学」が重要だとある。そこで、

 

・自由の拡大

・公共的安心/安全

・個人の権利/プライバシーの確保

 

 の3つの視点から、経営者も研究者も考えながら「Society5.0」を進めてほしいというのが著者の願いである。300ページの中に、以上のような時代を通じた「情報」に対する日本社会の変遷や研究者の取り組みが紹介される。これは2010年以降、中央大学の研究開発機構で発表された小論文などを再編したもの、さらに後段には、100ページほどの資料集がある。この中には理念的なもの以外に「添付Fileを開くな」など、実践的なサイバーセキュリティのアドバイスも含まれていた。最後に人生訓があり、

 

「人の一生=実力・努力×運命」

 

 とのこと。業界の重鎮のお言葉、後輩としてしっかり受け止めますよ。