新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

異常な指向、過度な嗜好

 本書は長くサスペンス小説を書き続けた、パトリシア・ハイスミスの短編集。以前「殺意の迷宮」を紹介しているが、作者を有名にしたのは長編「太陽がいっぱい」「見知らぬ乗客」とアラン・ドロン主演で評判を呼んだ映画である。長編デビューの前から短編でも専門家の間では有名だったらしい。本書は1945年のデビュー短編「ヒロイン」から、1970年までの11の短編を収めたもの。あのグレアム・グリーンが前書きを書いている。

 

 彼女の作風を「サスペンス」とくくってしまうのは、ちょっと乱暴なように思う。「ヒロイン」の主人公ルシールは、9歳と6歳の子供のいる家庭に住み込みの保母として採用され、献身的な勤めを主人夫婦にも認められる。しかし、ヒロインになることに異常な指向を持つ彼女は最後の数ページで思いがけない行動に出る。

 

 この作品に限らず、30余ページのほとんどがありふれた日常は綴られるだけなのに、最後の数ページ(場合によっては1ページ)でどんでん返しがやってくる短編が多い。このパターンを長編でやられたら、半分も読まないうちに投げ出してしまうほど退屈なのだ。その反面、「どんでん返し」や「異常な指向」が出る終盤には、おおむね驚かされる。

 

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 もう一つの特徴は、登場人物の「過度な嗜好」。巻頭の「かたつむり観察者」では、食用かたつむりの挙動に(過度に)魅せられた主人公が、これを繁殖させ続けやがて書斎をかたつむりに占領されてしまう。「クレイヴァリング教授の新発見」では、何か新種の生物を見つけ「クレイヴァリング種」と名付けたいがために孤島に赴く生物学教授の過度な嗜好が描かれる。登場するのは、人間より大きな(これも)かたつむり。斧で叩いてもナイフで刺してもダメージを与えられない、凶悪な軟体動物である。

 

 作者はアメリカのテキサス州生まれだが、ほとんど欧州で活動し晩年はスイスで暮らし亡くなった。亡くなる前後に作者の作品に光が当たり「再評価」されてブームを呼んだと解説にある。フランスの作家ボワロー&ナルスジャックが、普通小説とミステリーの融合を目指したのはよく知られているが、彼らがその「融合」で一番成功した先達として、パトリシア・ハイスミスの名を挙げたのだという。

 

 翻訳のせいもあるかもしれないのですが、僕はそれほど感動しませんでした。次は長編小説を読んで真価を見極めさせてもらおうと思います。