新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ハードボイルドの詩人

 本書は先月短篇集「おかしなこときくね」を紹介した、ローレンス・ブロックが1993年に発表したマット・スカダーものの長編。マットものは17編が発表されていて、そのうちの2編「八百万の死にざま」と本書が、PWAの最優秀長編賞を受賞している。解説によると本書が作者の最高傑作とのこと。

 

 マットは40歳代後半の私立探偵、元警官だが私立探偵免許は申請していない。もっぱらマンハッタンの片隅で起きる問題について、個別依頼に対応している。安ホテル暮らしだが、恋人の芸術家エレイン(40歳くらい)のところに泊まることもある。彼女は以前高級娼婦だったが、今は画家でギャラリーを開くのを希望している。

 

 マットは以前アル中で、今は禁酒中。だから菜食主義者のエレインとのディナーシーンが何度も出てくるが、自炊にしてもレストランにしてもメニューはシンプルだ。調査の過程で人に会う時も、相手がウィスキーをあおってもマットはコーヒーかコーラを飲んで相手をする。

 

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 この街には無数の「アルコール依存症自主治療会」があって、経験者や識者の後援会や相互に告白する会合が開かれる。舞台は教会が使われるのが多いようだ。マットは、機会があれば治療会に出るのが日常になっている。

 

 そんな日々、マットとエレインは出版社の専属弁護士グレンと妻のリタと、絵画発表会で知り合う。さほど親しいわけではないが、何度か食事を共にして、彼らが高級コンドミニアム住まいであることを知る。

 

 ある日夕食後街に出かけたグレンが、公衆電話をかけているところ背中を撃たれて死んでしまう。現場にいたベトナム帰りの男が目撃証言で逮捕されたが、容疑者の弟は兄を犯人と認めず、マットに事件の再調査を依頼する。あっさり容疑者が捕まってしまったことで警察が調べなかったグレンの過去をマットは調べ始め、大きな副収入を持っていたのではないかと疑い始める。

 

 全体的に重いトーンの物語で、登場人物(マット・エレインだけでなく、グレンもリタも)全員が過去や秘密を背負い生きている。サブストーリーではマットの前の恋人ジャンが膵臓ガンで、マットに自殺用の拳銃調達を頼む話もある。マットが使う10歳代の黒人少年、彼が見つけてきたLGBTの街娼、裏稼業を持つバーテンダーなど、みんな都会の陰を持っているのだ。

 

 事件うんぬんではなく、都会そのものを描いた作品。作者は「ハードボイルドの詩人」ですね。