新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ウィチタの極寒のイブ

 2000年発表の本書は、カンザス州ウィチタ生まれのスコット・フィリップスのデビュー作。作者は現在南カリフォルニア在住とのことだが、この作品の舞台もやはりウィチタだ。地図を見るとテキサス州の北、米国のアラスカ・ハワイを除く国土のちょうどど真ん中にある州だ。内陸なので、冬は極寒になる。

 

 主人公のチャーリーは元弁護士、今はストリップバーの経営者だがウラでは犯罪シンジケートの法律顧問であり、自らもコカインの取引などしていた。彼にはレストランの経営者や市会議員など何人かのワル仲間がいて、25万ドルほどの上がりを貯め込んでいた。

 

 しかし彼らは市会議員を裏切り、カネを強奪して逃げる算段をしていた。決行するのはクリスマス・イブ。隠し口座をカラにして現ナマにした男たちは、高跳びするために身辺の整理をする。チャーリーも別れた妻が連れて行った2人の子供に会いに行き、店で働いてくれた女たちにも目立たないように「餞別」を渡す。その夜はいつもよりずっと寒く、路面は氷りつき暴風雪が吹き荒れていた。

 

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 翌朝には飛行機に乗るつもりなのだが、カネを持っている首謀者と連絡が取れなくなりチャーリーが彼を訪ねると、別の仲間の死体が埋められていた。そう、仲間割れが始まっていたのだ。チャーリーは首謀者を探し当てるが、さらにもう一人の仲間を首謀者は捕えていた。

 

 登場するのはほとんどがワル、ただし眉ひとつ動かさず殺しをしたり、抜群の銃の腕を持っているわけではない。ある意味等身大のワルたちだ。チャーリーのように地元で生まれ育ったものもいれば、東欧のどこかから流れてきた女もいる。仲間なのだが大金を前にしては、全く信用できないヤツばかり。チャーリーは心ならずも2人半を殺す羽目になる。軍隊でも人を殺したことは無かったのに。

 

 デビュー作だが米国探偵作家クラブ賞の最終候補にまでなった作品で、ある作家は「ざらついたユーモアの効いたノワール小説」と高い評価を下した。ピンク業界に住む男女のせつない日々や壊れた家庭を抱えて悩む男たちの姿がなまなましい。全編を通じてアイロニカルな展開が続き、最後にカネを得たチャーリーも・・・。

 

 犯罪小説としてはそれほど意外なストーリーではないのですが、ウィチタの極寒とイヴの夜の特別さで、米国人なら何かを感じるのかもしれません。