新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

被害者のねじれた性格

 本書(1938年発表)は、女王アガサ・クリスティが脂の乗り切っていたころの作品。「スタイルズ荘の怪事件」でデビューし「アクロイド殺害事件」でソロホーマーは打ったものの、明るいスパイものなどの評価は高くない。しかし彼女は、1930年代中盤から連続ヒットを打ち始める。これまで紹介したうちで傑作と思った作品も、その時期に集中している。

 

オリエント急行の殺人 1934

ABC殺人事件 1936

そして誰もいなくなった 1939

・愛国殺人 1940

・白昼の悪魔 1941

 

 本書「ポアロのクリスマス」は、本格ミステリーに狂っていた学生時代には買わなかったもの。当時の僕はポアロはあまり好きではなく、全部を読もうと思わなかったし、クリスマスというタイトルも気に入らなかったから。しかし40余年を経て再読し始めて本書を探すのだが、なかなか手に入らなかった。それを先日平塚のBook-offで見つけ、早速読み始めた。

 

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 ロンドンから遠くないミドルシャー州(現在はないらしい)の町に住む、富豪リー一族。当主のシメオンは南アのダイヤモンド事業で儲け、当地で工場を興していた。妻はかなり前に亡くなり、三人の息子は母親似で大人しい。長男は工場の後継ぎ、次男は国会議員、三男は芸術家で、いずれも妻帯しているが子はない。自分に似たもう一人の息子は放蕩の末行方不明、唯一の娘はスペインに嫁ぎ忘れ形見の孫娘を残して夫ともども亡くなっている。

 

 寄る年波で寂しくなったのか、この年のクリスマスには三組の息子夫婦に加え、放蕩息子も探し出し、スペインの孫娘まで呼び集めた。そこで遺言書の書き直しを宣言するのだが、その夜シメオンは何者かに刺殺されてしまう。たまたま現地を訪れていたポアロは州の警察部長の依頼で捜査に加わり「事件のカギは被害者の(ねじれた)性格にある」と言う。

 

 南ア時代の相棒の息子も登場し、他にいるかもしれない「隠し息子」の影もちらつく。莫大な遺産も目当てに、親近者の相互不信は高まる一方だ。シメオンは生きている時だけではなく死んでも、不和のタネを撒いているのだ。

 

 作者は「意外な犯人」を極限まで追求した人で、時にはアンフェアと非難されることもありました。本書の犯人にも僕は驚かされました。その意味でも、作者最盛期の作品であることに疑いはありません。探せて、読めて、良かったです。