新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

おちこぼれ諜報員の闘い

 以前元警視総監吉野氏の著書「情報機関を作る」を紹介したが、実際体験した例ではなく、諜報活動の実態例をジョン・ル・カレやフレデリック・フォーサイスの著書を引いて説明していた。近年よりリアルなスパイスリラーが増えていて、吉野氏も引用できる小説に事欠かないだろう。本書もそんな1冊、作者のミック・ヘロンは、5作目の長編の本書(2010年)でスパイスリラーに挑戦し、この続編「死んだライオン」でCWAのゴールドダガー賞などを獲得している。

 

 舞台はロンドン、狂信的なテロリストのネット上殺害予告に対応する諜報機関の活躍を描いたものだが、特筆すべきは主人公たちが「おちこぼれ」であること。リージェンツ・パーク(MI5)から何らかの理由で左遷された者たちが集まるのは<泥沼の家>と呼ばれる組織。大物諜報員だった祖父をもつ青年リックも、大規模テロを想定した訓練でヘマをし、ここに流された。

 

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 機密情報のCDを地下鉄に置き忘れたり、アル中になったり、某国大使夫人と不倫したり・・・脛に傷持つ連中を束ねるのはラムという中年男。ぶよぶよ肥り、口が臭く、下品で人使いが荒い。冷戦時代は有能なスパイだったと言うが、今は「屁をひる」以上のことはしていない。リックは今日も、理由も告げられずゴミ箱をあさって生ゴミの分析をさせられている。

 

 しかしある日、パキスタン軍の大物の甥にあたる留学生が「アルビオンの声」という過激派に誘拐され、48時間以内に首を刎ねるとネット上で通告される。MI5の保安局も動き出すのだが、偶然ある情報を握った<泥沼の家>が人質救出の鍵を握っていた。

 

 例によって、単純な人質事件ではない。MI5自身もからんだ二重三重の裏があり、各所に仕掛けられた罠をラムは見違えるような慧眼で暴き、リックたちを指揮する。<泥沼>メンバーは全て現状に満足していないし、できればリージェント・パークに戻りたいと思っている。それを見越して「一人も戻ったものはいない。しかし今までは、の話だ」と、ラムの指示に従わないようMI5から誘われるものもいる。

 

 <泥沼の家>は日本企業でいう「追い出し部屋」、ゆえに<遅い馬>(さすがに競馬の国)との原題が「窓際のスパイ」になったのだろう。この邦題は、欧米人には理解できまい。窓際はエリート席なのだから。

 

 なかなかリアルで重厚な作品でした。CWA受賞作も探してみることにします。