新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ムルマンスク・コンボイの悲劇

 本書(1955年発表)は、以前「荒鷲の要塞」「金門橋」を紹介した冒険小説の大家アリステア・マクリーンのデビュー作である。舞台は北緯70度近辺の北極圏、何もかもが凍り付く厳寒の海だ。なぜこんなところで戦闘が発生するかと言うと、1943年の時点では欧州大陸の大半は独伊枢軸の占領下にあり、ソ連への支援が米英連合国の必須条件だったから。ソ連は支援物資なくしてはドイツ軍に抵抗できないし、そのルートは北極圏の港ムルマンスクへの海輸が中心だったから。

 

 正面切って米英海軍と渡り合えないドイツ海軍でも、抵抗力の弱い輸送船なら容易に沈められる。このため輸送船団に護衛艦隊を付けるのだが、ノルウェー沿岸を占領しているドイツは、Uボートや雷爆撃機を繰り出すし、通商破壊用の重巡や戦艦も持っていた。現実に戦艦ティルピッツ出撃の誤報を信じたPQ17という船団は、各個バラバラに逃走したため甚大な被害を受けている。

 

 作者の描く船団FR77は30隻ほどの輸送船(燃料・戦車などの軍事物資・食料等積載)で、4隻の護衛空母(恐らく商船改造で搭載30機ほど)と2隻の巡洋艦と9隻の駆逐艦フリゲート艦から成る第14空母戦隊が護衛の任にあたっている。

 

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 戦隊旗艦が本書の主人公、軽巡洋艦ユリシーズ」号である。排水量5,500トン、5.25インチ連装両用砲4基、ポムポム砲3基、エリコン対空機銃のほか3連装魚雷発射管2基も持つ。最新のレーダーや聴音機を備え、最高速力は40ノットに迫る高速艦だ。

 

 しかし護衛空母艦隊指揮艦は少なく「ユリシーズ」は酷使され続けている。700名を越える乗員は疲弊しきり、命令不服従も起きるほどだ。しかし司令官スター提督は冷酷にもFR77船団護衛の任務を与える。戦隊司令ティンドル少将を乗せた「ユリシーズ」は、病の重いヴァレリー艦長の指揮下出港する。

 

 Uボートやコンドル/シュツーカ爆撃機が襲ってきて護衛空母は次々に離脱、「ユリシーズ」でも死傷者が続出する。しかし本当の敵は寒さ、見張り員の兵士もティンドル少将も凍傷で死亡する。そして隻数を1/4ほどに減らした船団に、ヒッパー級重巡が襲い掛かった。

 

 戦闘小説でありながら、ほとんどのページは船内のありさまを描くことに使われています。疲弊し悲惨な死を遂げる乗組員たち、その不屈の闘志はまさに「女王陛下の軍艦(HMS)」の名にふさわしいものでした。