新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

これは・・・完全犯罪だ

 東野圭吾の「湯川学もの」の第二長編が本書。2006~2008年にかけて「オール読物」に連載された作品である。前作「容疑者Xの献身」の紹介時に述べたように、天才型名探偵を長編ミステリーで活躍させるのは難しい。前作では石神というもう一人の天才を相手方にして、二人の天才の虚々実々の攻防で、作者は長編を構成させている。

 

 本書は類型化するなら「倒叙型」である。そう「刑事コロンボ」や「古畑任三郎」のパターンだ。犯人は最初から読者の前にいる。第一章で主人公真柴綾音は、夫義孝に絶望し「今のあなたの言葉は私の心を殺しました。だからあなたも死んでください」と心の中でつぶやくからだ。

 

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 ただ純粋に「倒叙型」とも言えないのは、まず犯人側から完璧と思わせる犯行を描き、後に名探偵が登場して些細な手掛かりから犯行を暴く、というパターンではないことだ。本書では、読者には綾音の犯行手段は明かされない。読者が知らされるのは、作中で草薙・内海両刑事が捜査した結果の、

 

・真柴義孝は、綾音が北海道に里帰りした夜、愛人と2人でコーヒーを呑んだ。

・翌日、一人でコーヒーを呑んだ義孝は、コーヒー内の亜ヒ酸で死亡した。

・その時、綾音は北海道にいたことは複数の証言であきらかだ。

 

 ということだけ。しかし内海刑事は、綾音を真犯人と考えて湯川助教授に助力を依頼する。湯川は話を聞き「離れたところに居て、ある特定の人物が口にする飲み物に毒物を混入させることは可能か。しかも予め施された仕掛けについては、その痕跡が残ってはならない」という命題だと整理する。

 

 「Who done it?」ではないにしても、「How done it?」については究極の謎であり、裏表紙にあるように驚愕のトリックが用意されている。インスタントコーヒーを呑みながら謎を解こうとする湯川だが「理論的には可能だが、実際にはありえない」可能性しか見いだせない。そして「これは・・・完全犯罪だ」とつぶやく。

 

 ただトリックそのものは機械的なものだが、それを成立させたり、見破ったりするのは心理的な部分が大きい。綾音は「天才石神」に数学脳では劣るだろうが、精神的な能力に関しては彼を上回る(湯川の)好敵手でした。久しぶりに読んで、前回同様感動しました。