本書も藤沢の古書店で見つけた「87分署シリーズ」の1冊、1972年発表のものでシリーズ26作目にあたる。作者のエド・マクベインはこのシリーズを「刑事群像もの」として書き続けていて、だれかひとりのヒーロー刑事を描くつもりはなかった。だから「麻薬密売人」の事件では、後に主役となるキャレラ刑事は殉職させるつもりだった。しかし、ろうあ者だが飛び切りの美人を妻に持つキャレラにはスター性があると考える出版社側が、キャレラを生き延びさせている。
本書はそのキャレラ刑事が、コロンボ警部顔負けの執念で真犯人を追い詰める力作だ。通常このシリーズは、複数の事件が絡み合ってストーリーが展開する。しかし本書ではフレッチャー弁護士の妻サラーが自宅で殺された事件が8割を占め、例によって「女難」のクリング刑事がヤクザ者に襲われる事件が他にあるくらいだ。
西海岸の出張から、フレッチャーが自宅に戻ったのがPM10時半。フレッチャーが「妻が死んでいる」と通報したのが10:34。被害者はベッドルームで腹を裂かれて死んでいて、泥棒が押し入った形跡がいたるところにある。事件は単純な強盗殺人に見えるのだが、初動捜査で現場にいたキャレラにフレッチャーは意外なことを言う。
「妻が死んでくれて、本当に嬉しい。彼女は本物の売女だった」
刑事弁護士であるフレッチャーが、自分に不利な証拠として使われるかもしれない言葉を吐くのはおかしい。現場の痕跡は短時間に偽装できるものではないから、ナイフで刺したのは泥棒かもしれない。しかし泥棒が逃げた後、ナイフをひとえぐりすることはできたはずだとキャレラはにらむ。
泥棒の身元は直ぐに割れ、逮捕の時にも抵抗しなかったばかりか「俺が刺したよ」と自白までする。容疑者の公判手続きが進む一方、キャレラはフレッチャーを真犯人とみて執念の捜査を続ける。しかしフレッチャーもキャレラに興味を示し、再三食事に誘うなど、二人は酒を酌み交わしながら心理戦を続ける。
サラーは悪妻でもあり、夜な夜なサディー・コリンズと名乗って娼婦として街を歩いていた。刑事たちは彼女の手帳から「顧客リスト」を見つけて、彼らからサディーの正体を聞き出す。
少々結末があっけないのですが、シリーズ中でも上位2割に入る力作と思います。ボロボロの装丁ですが、見つけられて良かったです。