新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

1940年代英国の代表的パズラー

 1943年発表の本書は、アガサ・クリスティーの後継者とも言われたクリスチアナ・ブランドの第三作。1940~50年代に英国で代表的なパズラーと言えば彼女のことだと思う。ほぼ「Who done it?」を中心に据え「読者への挑戦」こそないものの、唯一の犯人を示すロジック、そのための伏線、読者を惑わすニセの手掛かり・・・とエラリー・クイーンに匹敵する作品を1ダースほど遺した。

 

 探偵役は「ケントの恐怖」と犯罪者からあだ名されるコックリル警部。実年齢より老けて見える小柄な中年男で、よれよれのレインコートを着ている。コロンボ警部の先輩格なのかもしれない。

 

 第二次世界大戦中の英国、ケント州の街にも連日ドイツの空爆がある。陸軍病院は地域の負傷者が担ぎ込まれるため、軍医・正規看護婦に加え特志補助看護婦を体制に組み込んで、日々の医療にあたっている。この日も街で市民で組織される「救助隊」のメンバー2人が爆撃で負傷して担ぎ込まれた。年配の男ヒギンズは大腿骨を、ウィリアム青年は腓骨を骨折していた。

 

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 翌日外科医のムーン少佐は看護婦たちの助けを借りて、まず十二指腸潰瘍の男を開腹手術。次にヒギンズを手術台に乗せた。しかし麻酔医バーンズ博士が麻酔をかけようとすると、患者が苦しみだして死んでしまった。少佐はその死を怪しみ、旧知のコックリル警部を呼んで捜査をさせるのだが、今度は正規看護婦が夜の手術室で刺殺されてしまった。

 

 容疑者は少佐の医療チーム(医師3人、特志看護婦3人)に絞られるのだが、ヒギンズを殺した手段も分からない。医療の専門家でもない作者が、これほどち密に手術室とその周辺の状況をパズラーに仕立てた手腕には敬服する。さらに、コックリル警部が犯人に手錠をかけた時の皮肉な結末も秀逸だ。

 

 高校生の時「世界ミステリ全集」という全18巻の豪華本を、両親にねだって買ってもらった。その1巻が英国の女性作家特集で、作者の「はなれわざ」が入っていた。その後アンソロジーで代表的短編「ジェレミークリケット事件」を読んで、いずれも感動した。しかしその他の作品には出会えずじまい、「緑は危険」は名のみ知られた名作だった。50年ぶりに見つけた本書、とても嬉しかったです。