僕は全く知らなかったが、英国と英国に関係あった諸国では本書の作者P・G・ウッドハウス(1881~1975)は、非常に人気のあるユーモア作家だという。貴族階層の家庭で香港で産まれた作者は、大学進学を目前に実家の没落で進学をあきらめ金融機関(今のHSBC)で働く。その後何度かのトライアルを経て作家となった彼は、米国と英国を往復しながら多くのユーモア小説を発表した。
本書にまとめられた「執事ジーヴス」シリーズは、1920~1930年代にかけていろいろなところに発表された短編から、後年選別されたものである。日本では本書「ジーヴスの事件簿~才智縦横の巻」のほか、「大胆不敵の巻」が出版されている。
「間抜けた主人と賢い従卒」の物語は、ギリシア・ローマ神話の頃から普遍的に愛されてきたと解説にある。僕が知っているものとしては、アイザック・アシモフの「黒後家蜘蛛の会」に集う有識者6名をいつも謎解きで出し抜く初老の給仕ヘンリーのシリーズがある。本書の執事ジーヴスは、ヘンリーの大先輩と言えるかもしれない。
青年貴族バートラム・ウースターは、まだ独り立ちしていない独身男。もちろん働く必要はないのだが、職業は作家と名乗っている。毎朝遅くに起き上がり、朝の紅茶をたしなんだ後たっぷりした朝食を摂り、昼間は雑事で過ごす。夜になればパーティだ。雑事の中には、友人たち(大半は没落も含めて貴族)の面倒を見たり、縁談ばかりもってくる親戚の相手をする。特にアガサ叔母さんという(バートラムに言わせると)吸血蝙蝠のような婦人からは、なんとか逃げ延びないとと苦闘する。
前に雇っていた執事がモノをくすねたというのでクビにしたところ、後任として紹介所からやってきたのが慇懃な男ジーヴス。紅茶の淹れ方パーテイの準備など実に完璧な技を見せ「紳士に仕える紳士」として一流である。加えて、窮地に陥る主人をとんでもない奇策で救うのだ。アガサ叔母さんを狙った詐欺師の上前を撥ねて、バートラムの叔母さんからのお覚えを目出度くしたり、どうしてもまずい時は米国脱出計画まで練る。
それにしても当時の英国貴族と言うのはヒマなようで、競馬に入れ込んだりブリッジの結果を根に持ったり、盗癖が治らない者もいる。庶民はそんな貴族のバカ騒ぎを読んで溜飲をおろすのかもしれない。
有名なユーモア小説との認識はしましたが、ミステリーとは言いづらいかも・・・。