新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

英国のグリーニー登場

 2010年発表の本書は、トム・ウッドのデビュー作。作家の楡周平が「これぞ冒険小説!」と絶賛したと帯にある。僕の読後感としては「これは英国のグリーニーだ」というもの。いまやトム・クランシーの後を継いでいる米国の軍事(スパイ)スリラー作家マーク・グリーニーは、わずか1年前の2009年に「暗殺者グレイマン」でデビューしている。

 

 目立たない男コート・ジェントリーの姿は、本書の主人公ヴィクターに重なる。CIAの工作員として育てられたジェントリーに対し、ヴィクターの経歴は不明だ。それどころか本名も分からず、一緒に行動するようになった女にも「パスポートにある名前が、俺の(その時の)名前だ」と言ってのける。

 

 CIAのトンネル会社と仲介者レベッカを経由して、ヴィクターはこれまで2件の殺しを成功させている。3件目の依頼は、元ソ連海軍の技術士官だった男を殺しUSBメモリを奪うこと。パリの街角で難なく任務を済ませたヴィクターがホテルに戻ると、7人の殺し屋チームが待ち伏せていた。

 

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 彼らを逆に始末したヴィクターは、メモリを持ったまま足跡を消し、欧州中を遠回りしてスイスの隠れ家にたどりつく。防弾ガラスや監視装置に守られたコテージで休息していると、遠距離狙撃を食らった。ガラス越しだったので傷は深くないが、狙撃手はコテージに侵入してきた。

 

 後編の帯に「プロ対プロの死闘」とあるのだが、もう前編の半ばあたりで1対1の死闘が繰り広げられる。このシーンの迫力も相当なものだ。なんとか狙撃手を片付けたヴィクターは、任務を仲介したレベッカにコンタクトして「なぜ、誰が狙っているのか」を知ろうとする。しかし影の陰謀者は、本件に関係したすべてを消すためにSIS所属の凄腕殺し屋リードを雇った。ターゲットには、ヴィクターもレベッカも含まれていた。

 

 パリからミュンヘン、サンモーリス、キプロス、モスクワ、タンガニーカと舞台はめまぐるしく移る。CIA、SVRスペツナズなどもからんで、凄惨な戦闘が続く。最後のリードとヴィクターの、弾丸を撃ち尽くした後の肉弾戦は見事だ。

 

 作者はいろいろな職を経験した後作家デビューをしているが、軍務経験はない。この点はグリーニーと同じだ。孤高の殺し屋ヴィクターの矜持も興味深いですから、続編を探してみましょう。