新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

中世最大の農民暴動

 先日「英仏100年戦争などなかった。闘っていたのはどちらもフランス人」とする歴史書を紹介した。面白い視点と思ったので、作者が書いた小説というものを探してみた。佐藤賢一のデビューは「ジャガーになった男」という歴史小説、これで小説すばるの新人賞を得ている。第二作「傭兵ピエール」はフランス革命を題材に、そして第三作の本書(1998年発表)は「ジャックリーの乱」を舞台にした歴史小説である。

 

 「ジャックリーの乱」といっても、ほとんどの日本人の記憶にはないだろう。「英仏100年戦争」時代に、北フランスで起きた中世最大の農民暴動と解説にある。フランス人の王権同士が戦った戦争(と作者はいう)だが、イギリス人・ドイツ人・イタリア人など欧州全域から傭兵が集められ血を流した。戦闘のピークが過ぎると余剰の傭兵隊は「Fired」されたが、武装無法集団となって各地で略奪を続けるものもいた。

 

 犠牲になったのは農民階級だが、貴族たちは城にこもり彼らを見殺しにした。農民たちの中にはこれに反発し、貴族階級を襲おうという者たちが出てきた。眼の色素が薄く網膜の血管が見えるので「赤目」と呼ばれた一人の修道士ジャックが、徒党を組む者たちの先頭に立った。「赤目」は悪魔の象徴と言われ、見つめられると憑りつかれるらしい。

 

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 北フランスのボーヴェ近郊で兄や恋人を殺された青年フレデリは、この徒党に加わり付近の城を襲う。そこで彼らは騎士や従者を殺し、貴族の女たちを凌辱する。貴族たちを牛馬のように使うため、手足の指を切り落とし蹄鉄を打ち付けたとあとがきにもある。抑圧された農民たちの暴虐は、傭兵隊の暴挙を上回るまでにエスカレートしたわけだ。しかし素直な青年フレデリは、妖艶な貴族の姉妹ブリジットとマリーに翻弄される。

 

 本書は農民の暴動・暴挙を描きながら、その中で「貴族の女」という不思議な生き物に触れて成長していく青年を描いている。やがて勢力を盛り返した貴族たちによって暴動は鎮圧され、ジャックたちも刑場で惨殺される。ただフレデリは旅芸人一座に交じって脱出、フィレンツェに逃れる。

 

 作者はのちに「王妃の離婚」で直木賞を得るのですが、その前にもこのような作品群を発表していました。日本人が知らない中世の西洋史で、謎解きに疲れた時たまに読んでみるのもいいかもしれません。ちょっと貴族姉妹がエロ過ぎるようにも思いますが。