作者のジョージ・C・チェスブロは、元サーカスの芸人で犯罪学教授となった異色の探偵モンゴを主人公にしたシリーズで有名なミステリー作家だと解説にある。モンゴは小びとなのだが、この設定は現代社会では「誰もが折に触れて巨人国に迷い込んだ小びとのように感じる」との作者の認識を示しているらしい。作者は作家活動の傍ら、社会からドロップアウトした若者や障碍者の支援に取り組んでいるともいう。
本書の主人公ヴェイル・ケンドリーも、異色の設定だ。ベトナム戦争時ラオスで戦った陸軍士官でCIA局員、マーシャルアーツの達人で今はマンハッタンで画家をしている・・・まではありそうな話だが、彼は夢の中で<霊界>と往復できるのだ。植物状態の恋人とは、そこで逢瀬をする。また、他人の心に入り込みその体験を共有できるという特技(!)もある。
ヴェイルは知り合いの美術商の店から、肩に負傷をし木像と槍をもった黒人青年が飛び出していくのを見た。青年はマンハッタンの道路を駆け抜け、追いかけたヴェイルも振り切られてしまう。美術商の店では木像を持ち去ろうとする青年を止めようとした警備員が、槍で突かれて死んでいた。
この青年トビーは、カラハリ砂漠近くの森に住むク・ング族の族長の息子。ク・ング族は、部族のシンボルの木像をバンツー族に持ち去られて社会が荒廃していた。人類学者レイナの案内されてマンハッタンに来たトビーは、我慢できずに木像(彼らにとっては神様)を抱えて逃げたわけだ。
警備員に肩を撃たれながらセントラルパークに逃げ込んだトビーを、ニューヨーク市警は捉えられない。ジャングルに隠れることではク・ング族は超人的だとレイナは言う。実はこの木像なマフィアがヘロインを隠していて、これを巡って悪徳警官やマフィアもトビーを追い始める。マフィアの手先などを蹴散らしながらトビーを追うヴェイルは、レイナの助けとトビーの心に入り込む特技でトビーの保護を目指した。
解説では「アクション・サスペンスの巨匠」とあるのだが、両方ともそれほど強烈ではない。「ヴェイルは夢見る」で始まる何章かは、ファンタジーのようだ。本書(1988年発表)はヴェイルものの第二作だという。うーん、この設定では第一作を探そうと思うかどうか・・・微妙ですね。