新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

超国家機関の200年

 本書は以前「赤目のジャック」を紹介した歴史作家佐藤賢一が、2018年に発表した欧州史の一断面。「テンプル騎士団」という言葉は歴史教科書にも出てきたし、彼らの隠し財宝を巡るスリラーも読んだ記憶がある。どういう組織だったかについては、日本人の多くは知らないと思う。

 

 僕も精々「十字軍の一員として、レコンキスタエルサレム遠征などを戦った軍隊」くらいの認識しかなかった。11世紀に欧州史に登場し、ある意味栄華を極めたが、なぜか200年ほどで消え去った。その経緯が、本書で明らかにされる。

 

 軍事史から見ると、この騎士団は非常に高い戦闘力を持ちながら、時々圧倒的多数の敵に無謀にも攻めかかり、全滅したり丸ごと捕虜になったりしている。相手がイスラムの英雄サラディンだった時代もあるので、指揮能力の差かと思っていた。しかし本書によると「死を恐れないのではなく(殉教するため)死を望んで戦場に立った」ということ。確かに、死兵ほど始末に悪いものはない。

 

        

 

 もともとは、キリスト教徒が聖地巡礼に向かう際、非常な危険に遭っていたものをなんとか守りたいという騎士が集まった組織。陸上ルートでも海上ルートでも、巡礼の人達をエスコートしていた。その行為に対して欧州全体から多額の寄付が集まり、財政的にも豊かになった。

 

 なぜ強かったというと、豊富な資金で優れた装備(鎧・槍・馬や兵站)を用意し、騎士たちに貸与できたから。このころの騎士は自分勝手な軍装で自分勝手に戦うもの、それを装備や意思を統一した常備軍にできたことで、同数の敵なら歯牙にもかけなかった。

 

 中世の身分制度では、

 

1位 祈る人

2位 戦う人

3位 庶民

 

 で、その下に奴隷がいた。騎士団は祈る人であり、戦う人という両者の特徴を併せ持っていた。ゆえに信望が有り、戦力もあった。巡礼の道を守るという使命から、ヒトだけではなくモノやカネの護送も行い、欧州各国の王権を越えた「超国家機関」に成長した。中でも金融の実権を握ったのが大きい。金融はイスラム教だけでなく、キリスト教も嫌う業務でユダヤ教徒かこの騎士団に委ねられることになる。

 

 それゆえに各国の王から疎まれ、特にフランスのフィリップ四世との確執が致命傷になった。異端のそしりを受け、1307年に主要幹部は逮捕・拷問の上火刑などに処された。欧州史の暗部を担った彼らのこと、勉強できました。