新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

稀覯本の鑑定とブラックジャック

 1983年発表の本書は、その年のアメリカ探偵作家クラブ最優秀新人賞を獲った作品。新人賞だから作者のウィル・ハリスは本書がデビュー作である。作者はカリフォルニア州にある政府系シンクタンクランド研究所>の研究者だと、解説にある。そんな作者がデビュー作の舞台に選んだのは、ロサンジェルス大学の文学部。

 

 6月に年度が終わるのだが、主人公のクリフ・ダンバー教授は複雑な思いで終業を迎えていた。年度初めに愛妻を癌で亡くし、今親友の図書館員リンク・スコフィールドが何者かに刺殺されたのだ。しかも、図書館に寄贈され保管されている稀覯本「ベイ版詩篇」を持った状態で。この書籍は、植民地時代から地元の名士ウィンスロップ家に伝わったもの。ちょうどカリフォルニア州知事選挙に立候補している現在の当主が以前寄贈した、書誌研究家2人の鑑定書付きのものである。

 

 リンクはなぜ詩篇を持ち出し、どこに行ってきたのか?リンクを殺した輩が数十ドルは盗んでも、時価3,000ドルの稀覯本を見逃したのはなぜか?リンクの娘に依頼されたクリフは、友人を殺した犯人を捜し始める。

 

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 リンクが殺されているのを発見した婦人は、その場から2人の黒人が逃走したという。しかし現地を調べたクリフは、婦人がそれほど細かく2人の黒人の特徴がわかるほど当時の光は無かったことを知る。さらに「ベル版詩篇」の鑑定書を書いた2人の専門家にも会い、100%本物と言い切れない部分もあることを掴む。

 

 本書で一番興味深かったのは、古書の真贋判定。紙の質、古さ、印刷の活字の形状、それほど珍しくない綴りの間違いなど、数ページにわたって鑑定法のさわりが紹介してある。事件の真相に迫るクリフに、ナイフを持ったチンピラや銃を持ったギャングが襲い掛かる。しかし年を取ったとはいえクリフはベトナムで闘った陸軍の中隊長、チンピラを蹴散らし、ギャングを捕まえてしまう。このあたり、ずっと学問の都での穏やかな事件と思っていたのに、急に「ランボー」のモードになってしまった。

 

 加えて敵の本拠とみたラスベガスのカジノに、クリフが乗り込むシーンも面白い。特にブラックジャックの必勝法が紹介してあって、ミステリーのおまけとしては十分なファンサービス。面白い新人作家だと解説にあるのですが、その後作品が紹介されたかどうかは不明です。まあ、名前は覚えておいて気を付けてはおきますが。