新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

大戦の傷跡残る街の老猫

 1950年発表の本書は、アガサ・クリスティーの「ミス・マープルもの」。老嬢探偵の代名詞ミス・マープルが登場するものとしては、4冊目の長編になる。第二次世界大戦中も、かわらぬペースでミステリーを発表し続けてきた作者だが、1950年ともなると戦後の混乱を背景にした作品となるのは当然ともいえる。

 

 舞台は(恐らく)架空の街<チッピング・クレグホーン>、金曜日の朝<ギャゼット紙>は個人広告欄に「本日PM6:30、リトルパドックス荘で殺人をします」との予告文が載った。同荘には決して富豪ではない老嬢レティーが、遠縁の若い男女とメイドの4人で住んでいた。彼女の知り合いたちは「殺人ごっこ」だろうと、パーティに呼ばれたつもりで夕食にやってきた。そして6:30、急にディナー会場が停電した。皆が混乱する中、懐中電灯の光が走り男の声で「手を挙げろ」と警告された。光はレティーの席を照らし銃声が2発、男がキッチンへと逃げた後そちらからもう1発の銃声が。

 

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 レティーは耳たぶから血を流したものの軽傷、押し入った男の方がキッチンで死んでいた。現地の警察署長ライデスデールが部下たちに調べさせたところ、死体はスイス人の男で、強盗の前科があった。強盗がレティーを撃ちそこない、逃げる途中で銃が暴発して死んだようにみえるが、署長たちはまだレティーが狙われるかもしれないと、捜査を続ける。

 

 実はレティーにはある富豪が「自分と妻の死後は財産を秘書だったレティーに譲る」と遺言して亡くなっていた。その妻も数ヵ月持つかどうかの重症だという。妻が死ぬ前にレティーを殺せば、その財産が富豪の縁者に渡る。大戦でその縁者は行方不明で、誰かに化けて町に来ているかもしれないと、捜査陣は考える。そこに署長の友人で元警視総監のヘンリー卿は「難事件なら賢い老猫の力を借りろ」とミス・マープルを引っ張り出す。

 

 富豪の妹はギリシア人と駆け落ちして行方不明、レティーの妹もスイスの病院で亡くなり、メイドはホロコーストを逃れて英国に渡ってきている。他にも戦死した夫のこどもを育てている若い未亡人など、大戦によって追われ引き裂かれた家族がたくさん登場する。

 

 イギリスの本来は地元民だけの片田舎に、多くの外国人や外国帰りの人が集まってきているところに、作者の仕掛けがある。最後に声色を使って真犯人をハメるミス・マープル、とても冴えてましたね。