新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

戦禍が隠した4つの事件

 本書はミステリーの女王アガサ・クリスティの、1952年の作品。先月紹介した「予告殺人」も第二次世界大戦後の混乱期を背景にしたものだったが、本書ではエルキュール・ポワロが、大戦禍で見えなくなってしまった事件の背景を探る捜査に挑む。

 

 マギンティ夫人は死んだ。

 どんなふうに死んだ? ・・・

 

 という童謡があるらしい。その歌詞のように、キルチェスターの田舎町で雑役婦をしていた老婦人マギンティ夫人が撲殺された。何軒かのお屋敷を掃除するなどの(今でいう)パートをしながら、自宅の部屋を貸し出して暮らしていた庶民である。容疑者として逮捕されたのは、部屋を借りていた暗い独身男ベントリイ。カネには困っていたようで、数十ポンド奪うための犯行と思われた。

 

 捜査にあたった現地警察のスペンス警視は、逮捕し起訴したベントリイに違和感を覚えた。証拠は充分なのだが、何かしっくりこない。ベントリイは容疑否認のまま裁判にかけられ、死刑判決が下った。スペンスは旧知のポアロを訪ね、自分では出来ない再捜査を依頼する。

 

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 被害者は庶民、容疑者は貧民といってもいい男。そんな事件をポアロ手弁当で引き受け、さっそくキルチェスターの町に向かう。隠密捜査かと思いきや「有名な名探偵ポワロが、マギンティ事件の判決に不満で、捜査を始めるぞ」と大っぴらに言って歩く。

 

 ポワロはマギンティ夫人が過去の4つの事件を扱った新聞の特集を見て、何かをしようとしていたことを知り、4つの事件で逮捕され服役したり、海外に逃亡したりした関係者を夫人がこの町で見とがめたのだと考える。ただいずれも20年以上前の事件で、犯人とされた人物も刑期を終えて出ているうえ、記録が空襲で失われたりしている。

 

 マギンティ夫人が出入りしたり付き合っていた家族も、ほとんどは戦後やってきた人たち。その正体は不明だ。作者の後期の作品によくあるように、ポワロは関係者を何度も訪ね心理的なイメージを作って犯人像と比較しようとする。

 

 童謡のこともそうだけれど、英国人の名前についての知識がないと、なかなかポワロの推理を追いかけるのは難しい。しかし本書は、戦後の混乱期に多くの人が過去や名前を偽って棲み処を変えていた可能性を示唆している。

 

 4つの事件の関係者を追うポワロ、事件は解決したものの報酬はゼロだったようです。田舎ゆえ、あまり美味しいものにも逢えなかったみたいで・・・ご苦労様。