新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

<バイオプレパラト>元幹部の証言

 1999年発表の本書は、元ソ連生物兵器製造組織<バイオプレパラト>の幹部だったカザフ人、ケン・アベリック(現地名カナジャン・アルベコフ)が、自らの経験を綴ったもの。著者はソ連崩壊時には陸軍大佐の地位にあり、ツラレミア(野兎病)菌を兵器化した功績を持っていた。しかしソ連が無くなったことで、カザフ人の自分がロシアでは生きづらいことを感じ、妻子とともに米国に亡命して米国の防疫体制に協力している。

 

 医師として人の命を救う目的を持っていた彼は、疫学分野で才能を開花させる。修士論文研究は、1943年前後のスターリングラードの戦い。ドイツの機甲師団にツラレミアが蔓延、後にソ連軍や市民にも広がった。彼はソ連生物兵器を使ったと疑うが、担当教授は「君は防疫の過程を研究するだけでいい」と口を封じた。

 

 <バイオプレパラト>でツラレミアを研究し兵器化に成功したことで、彼は博士号を得、30歳そこそこで組織の幹部となった。専門家としてソ連の他の機関や部署での生物兵器の研究・開発・実験などの知識も得たが、重大事故にも触れることになる。

 

        

 

 それらの最大のものは、スヴェルドロフスク(旧エカテリンブルグ)での炭疽菌漏洩事件。フィルタ交換の手違いで、研究機関からこの恐ろしいウイルスが市中に流れた。少なくとも100名が死亡したと言われるが、当局は「自然に炭疽菌が発生」したと発表している。

 

 1973年には「生物兵器禁止条約」が成立していて、ソ連も調印していた。そんな中でソ連は、あらゆる生物兵器を研究し兵器化を図っていたとある。第二次世界大戦以前の資料から、満州にあった石井部隊の資料までも利用している。著者に上司は「米国は生物兵器を全廃したという。彼らが持っていないものを極秘に開発するのだから、これはソ連の『マンハッタン計画』だ」と語ったという。

 

 サイバーセキュリティの世界も攻撃者が圧倒的に優位であるが、この分野のウイルスも同じ性格を持つ。開発・運用のコストよりも、防疫にかけるコストがケタ違いに高いのだ。本書には旧ソ連生物兵器関連組織、研究所などの位置も示されている。意外なことに(核兵器は一杯あった)ウクライナは空白地帯で、ウラル山脈周辺や以東が多い。

 

 昨今ロシア制裁をする国で、本来はアフリカの風土病である「サル痘」が流行しています。これなども旧ソ連の遺産なのではないでしょうか。