憲法・民法・商法の裏表をわかりやすく紹介してくれたのが、弁護士ミステリー作家和久俊三の「おもしろ事典」シリーズ。実は本書(1977年発表)がその第一弾、「刑法おもしろ事典」である。作者もミステリーを書くにあたっては、殺人をはじめ重大事案を取り上げるのだが、本書ではもっと軽い(といっても犯罪は犯罪)ものを解説してくれる。
まえがきに出てくるのが「ハンカチ一枚敷けば、強姦罪は成立しない」という誤った噂話。作者は法学部の学生がまじめにこれを話すのを聞いて、本書を書こうと思ったという。法律の世界でも、「生兵法は大怪我の基」というわけだ。取り上げられている罪状は、
・遺失物横領
庭に迷い込んだニワトリは食べていいか?ニワトリが生んだ卵は?
・窃盗
スリが罪に問われるのは、どの行為をした以降か?
磁石を使ってパチンコ玉を動かして出玉を稼いだら何罪?
・暴行/傷害
足元に石を投げたら?部屋にノミを放してやったら?
・詐欺
結果として無銭飲食しても罪が成立するケース、しないケース
などである。
さすがにデジタル系の事案について記載はないが、「財物」の解説はあった。曰く、
・窃盗とは財物を盗むこと。財物は「有体物」である。
・ただし電気のような無形財物を盗むのは「盗電」といって窃盗罪にあたる。
・無形財物には、人口冷気/暖気、圧搾空気、放射線、水力、牛馬労働力も含まれる。
・「エネルギー窃盗」が無限に広がるのを防ぐため一線を引き、NHK電波は上記に含まれない。
とのこと。今僕らが直面している「無体物としてのデータ」については、一線の外と考えていいようだ。
このほかにも興味深い示唆があった。例えば、「キセル」は詐欺罪を証明するのが難しいらしい。正規の改札を通らず柵を乗り越えて逃げても、不法侵入などにはあたらず、せいぜい鉄道営業法違反(当時で罰金数千円)に問われるくらいとのこと。
また「ハイジャック処罰法」が「よど号事件」を契機に作られ、普通の強盗罪より重く「予備罪」も裁けるようになったのだが、ハイジャックの定義が航空機に限定されているという。海外で「ハイジャック」といえば対象が船だろうが電車だろうが、全部該当する。「シージャック」という言葉はないのだ。
和久先生のおもしろ法律事典、これで全巻終了です。勉強になりました。