新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

暗殺者の平和な引退・・・

 1986年発表の本書は、以前「殺人のすすめ」を紹介したレジナルド・ヒルが別名パトリック・ルエルで書いたもの。ヒル名義でダルジール警視が活躍する本格ミステリーやサスペンスものを40冊ほど書いたほか、ルエルほかの名義でも1ダースあまりの著作がある。奥様の名前がパトリシア・ルエルで、別名はこれにちなんでいると思われる。

 

 ルエル名義の作品は単発ものばかりのようで、これまで日本では3冊しか翻訳されていない。解説に言うようにテンポの早い冒険サスペンスもので、なかなかの筆力であるのに残念なことだ。

 

 本書の舞台はイングランド北西部の湖水地方、山と森と湖にめぐまれたのどかな町だ。主人公のジェイスミスは、長距離狙撃(原題のLong Kill)を専門にする暗殺者。庭でくつろぐ初老の男性を目標に、1,250mの距離からM21狙撃銃で頭部に狙いを付けていた。ジェイスミスはベトナムで狙撃兵をしていて、現地の女と恋仲になったが彼女を死なせる事件に巻き込まれ本名を捨てた。それ以降20年間に20人の殺しを請け負い、いずれも1発で頭部を撃ちぬいている。

 

        f:id:nicky-akira:20201229091924j:plain

 

 しかし直前の仕事のあたりから右目の視力に変調を感じていて、今回初めて目標を外してしまった。これまでの「仕事」で十分な貯えをもっているかれは、43歳での引退を決意し近くの街で引退後の住まいを探し始める。一人暮らしの老婆が引っ越すというのでその家を買う交渉をした彼は、彼女の姪で若くして未亡人になったアーニャと知り合い恋に落ちた。

 

 アーニャの夫は10ヵ月前、趣味のロッククライミングに出かけて滑落死した前途有望な弁護士。一人息子のジミーを遺しての死だった。アーニャに連れられて彼女の父親に会いに行ったジェイスミスは驚く。なにしろ、父親というのは先日スコープの中にいた男。そう彼が初めて外した目標だったのだ。

 

 アーニャと彼女の叔母の家を買い取って一緒に暮らす・・・美しい湖水地方での平和な引退を夢見たジェイスミスだったが、父親を以前の依頼主が狙い続けていることを知り彼らを守ることを決意する。

 

 新たに送られてきた殺し屋との死闘などアクションもいいのですが、暗殺者のくせに悩みぬく姿がヴィヴィッドでした。ジェイスミスは、かつて殺した相手やベトナムで死んだ女、そんな悪夢にうなされます。やはり作者の腕は相当なものですね。少ない翻訳本ですが、探してみましょう。