新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

分銅鎖が得意な目明し

 5大捕物帳の他にも、日本特有の歴史ミステリー「捕物帳」は存在する。捕物帳というのは、与力・同心が目明したちの報告を受けて奉行などに報告するために書きつけておくメモのようなものだ。実際、市井のことに詳しくない御家人では市中の犯罪捜査は難しいので、情報収集についてはどうしても町人である目明しに頼らざるを得なかったというわけ。例外は「刺青奉行遠山金四郎」くらいのものだろうが、これもフィクションである。

 

 「遠山の金さん」を産み出したのが、本書の作者陣出達朗。黒門町の伝七親分を主人公に、多くの物語を書いた。時は将軍家慶の治世、北町奉行はその遠山金四郎であり、伝七はその配下の目明しである。恋女房のお俊さんと黒門町に住まい、目つぶし弾を得意とする勘八や、女装得意の文次という下っ引を連れて事件解決に奔走する。お奉行からは「針小事といえども、これを軽視せず、あくまで追求せよ」と言われて、それを順守する姿勢だ。

 

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 ただこの目明し、ただの町人ではない。十手術はもちろんだが、主武器は分銅鎖。分銅の反対側に鎌がついているものではないが、分銅だけでも致命傷は与えられるし、鎖に絡めて刀を奪い取ったり、足をすくったりできる。その他唐手も棒術も、錠前破りもできるというスーパーマンぶり。若いころに(ぐれて?)甲賀忍術を学んだらしい。

 

 本書には7編の中短編が収められているが、中でも中編「夜叉牡丹」はスケールの大きな作品。江戸町内で鍛冶屋の男が斬り殺される現場に居合わせた伝七たちは、こと切れた男のふところに奇妙な矢じりを見つける。男を斬った侍たちは、どうも京都守護職松平丹後守の屋敷に逃げたらしい。

 

 伝七たちは謎を解くカギは京都にあると読んで、京に潜入する。保津川下りの船頭たちの長屋に住んで丹後守の家中を探っているうち、船頭の一人が水死体になって上がる。死体には妙な矢じりの跡が・・・。丹後守の家来の一部が反乱を企画、京にやってくる将軍を暗殺しようと15連発の散弾銃のような弓を複数用意していたのだ。

 

 伝七や子分、他の町人たちとのやりとりは軽妙で、なかなか面白いシチュエーションなのだが、アクション部分は平板。せっかくの立ち回りも「伝七、獅子奮迅」では仕方がない。色っぽいシーンも多く、古くは松竹のシリーズ映画(高田浩吉主演!)の原作となった。僕はTVドラマで、中村梅之助主演のものしか覚えていませんがね。