新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

欧米ミステリーの紹介では?

 以前、戦後ミステリーの大家のひとり高木彬光のデビュー作「刺青殺人事件」を紹介した。作者は戦前からのミステリーマニア、恐らく原語でヴァン・ダインやクイーン、クリスティらの諸作品を読んでいたのだろう。冶金工学の技術者で中島飛行機に勤めていたのだが終戦で失業、生活に困ってミステリーを書き始めている。

 

 だからだが、何としても売れないと困る、大家の先生に認められるようにとあらゆる趣向を盛り込んだのがデビュー作だった。原稿を読んだ江戸川乱歩は、小説として未熟だがトリック・プロットは見事と評して晴れてデビューとなる。本書はデビュー作と同時に構想を固めていた第二作である。

 

 10年前に亡くなった高名な科学者千鶴井教授の家族は、三浦半島の教授が遺した屋敷に住んでいる。しかしいずれも奇矯な人物で、

 

・弟の泰次郎 守銭奴といってもいい吝嗇な男

・義母の園枝 中風で半身が不自由、口うるさい老婆

・泰次郎の長男麟太郎 感情が全くない虚無主義

・同次男洋二郎 ミニ泰次郎といえる吝嗇家

・同長女佐和子 園枝の面倒を見、家政婦扱いされる娘

・教授の長女緋沙子 美女だが5年前から精神障害

・教授の長男賢吉 心臓弁膜症で治療不可能

 

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 加えて教授の妻は東京の精神病院に入院中。こんな家に復員後住み込んでいる青年柳は、ある日泰次郎から脅迫文を見せられて相談を持ち掛けられる。官憲には知られたくないが、探偵役はいないかと。柳は学生時代の知り合いで探偵作家の高木彬光を紹介する。しかし高木と柳が屋敷に泰次郎を訪ねると、彼は密室の中で心臓麻痺で死んでいた。傍らには鬼女の能面が落ちていた。柳の父親の知り合いでもある石狩検事も加わって捜査が始まるのだが、さらに第二・第三の事件が・・・。

 

 機械的な密室・毒のない毒殺などどこかで見たようなトリックの上に、さらに高名な古典と同じプロットのトリックがあって、本書はデビュー作以上に「欧米の古典ミステリーの紹介」色が濃いものだ。さらに作中、ヴァン・ダインやクリスティの名作の犯人やトリックを暴く部分があるなど、ちょっと問題かなと思う。

 

 本書は学生時代にも読んでおらず、ある意味がっかりした作品でした。それでも日本推理作家協会賞を受けています。まあ大家の江戸川乱歩先生もスカーレット「エンジェル家の殺人」を翻案小説「三角館の恐怖」として出版するような時代ですから、やむを得ないのかもしれませんが。