昨年までに、第五長編「毒を喰らわば」までを紹介してきたドロシー・L・セイヤーズの「ピーター・ウィムジー卿もの」。作者はクリケットが得意な青年貴族ピーター卿の登場するミステリーを、長編11、短編21発表している。本書には、5冊ある短編集の中から創元社が選んだ7編が収められている。
作者は才気煥発な少女だったが、美人ではなく並外れた長身で、容姿のコンプレックスは強かった。結婚もうまくいかず、一人の子供と著作にだけ心血を注いだという。教師やコピーライターの経験と子供の頃からのミステリー好きで、ピーター卿という理想の男性を産み出したと思われる。
ピーター卿はデビュー作では30歳ほどだが、後にミステリー作家のハリエットと巡り会い結婚、3人の男子をもうけた。彼の趣味は、音楽、ワインとグルメ全般、犯罪学など愛書家であり、聡明でいたずら好きな青年貴族として描かれている。
本書収録の「幽霊に憑かれた巡査」は、ハリエットが第一子を産み落とした日、病院から帰る途中でピーター卿が出会った巡査の不思議体験と、卿の鮮やかな解決を描いたものだ。作者は特に医学に長じているわけではないが、毒物を含む医学的な知見を用いてトリックを構成している。もちろん、専門家でなくては解けないアンフェアな謎ではない。
100ページほどの中編「不和の種、小さな村のメロドラマ」では、米国で客死した富豪の死体が戻ってきて、故郷の村で葬儀が行われようとするところで、首無し御者が乗った首無し馬4頭がひく馬車を見た男が現れる。このように冒頭の怪奇性は、作者の得意とするところ。その種の「奇妙な話」を聞きつけたピーター卿は、喜んで事件に介入する。
冒頭の怪奇性(謎)、中盤のサスペンス、最後に合理的で鮮やかな解決というのがミステリーの基本です。作者は短編でも手を抜かず、基本を守った作品作りをしていましたね。