新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

4重のアリバイ工作

 斎藤栄は東大将棋部出身のミステリー作家、以前「殺人の棋譜」「Nの悲劇」「奥の細道殺人事件」を紹介している。デビュー作「殺人の棋譜」では将棋タイトル戦の影で進む誘拐事件の捜査を描き、江戸川乱歩賞の候補になった。その勢いを駆って発表(1967年)したのが本書。

 

 作者は後にタロット日美子などのレギュラーを使って、1作/月ほどの量産をするのだが、まだこの頃は年間1作ペース。デビュー作は誘拐捜査のサスペンスものだったが、本書は本格的なアリバイ崩しものだ。それが生半可なアリバイではない。犯人は、なんと4重のアリバイ工作をして捜査陣を手玉に取る。

 

 横浜の旧家の主、岡一夫は末期の肝臓がんで死の床にあった。2人目の若い妻久子は最期を看取ろうとして病院につめていたが、先妻の生んだ一人息子弘は高校卒業後仕事にも就かず実家でブラブラしていて見舞いにも来ない。それでも一夫の死後は弘も多くの土地を相続することになる。普通なら金にならない山林・荒地なのだが、都市化の流れでニュータウン(港南地区らしい)開発エリアにあったことから遺産額は莫大になると思われた。

 

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 ところがある日、弘が自宅で何者かに絞殺されるという事件が起きた。容疑者として浮かんだのは、神奈川県庁に努めている一夫の弟京二郎。今弘が死ねば、一夫の死後遺産の一部にありつけるのだ。しかし京二郎は、事件の夜職場の仲間と酔いつぶれて仲間の家に泊ったとアリバイを主張する。

 

 捜査陣は地道な裏取りをしてアリバイ証言の矛盾を突くのだが、彼は「実は名古屋のホテルで不倫していた」と言い始める。さらにその奥にも鎌倉の旅館、クルーズ船「らぷらた丸」と4重のアリバイが隠されていた。

 

 裏表紙にあるように「幾重にも連なるアリバイの巧妙さで反響を巻き起こした」というのは事実だろう。解説も「最後のアリバイには頭が下がる」と言って礼賛している。わずか250ページの中で、4回アリバイ崩しが楽しめるというのは確かに興味深い。しかし写真のネガや8ミリフィルムなどの工作含め、同じ夜に4重の工作を重ねられるものだろうか?いくつかのアリバイは買収による偽証で支えられていることもあり、少し作者はテクニックに走りすぎたような気がする。

 

 多作家ながら、あまり読んでいない作家の代表格です。ちゃんとコメントするためにも、もう少し初期の作品を探してみましょうかね。