新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

在デリー高等弁務官の死

 1984年発表の本書は、英国推理作家協会(CWA)賞新人賞受賞作。作者のエリザベス・アイアンサイドは英国生まれで、欧州各地やインドを巡り歩いたと解説にある。今や人口で中国を抜く大国インドだが、その国土の広さも半端ではない。作者がインドで暮らした3年間は、本書の舞台でもあるデリーとラダックだが、気温40度越えは当たり前のデリーと、チベットに近く標高4,000mクラスで氷雪に閉ざされたラダックの落差は特に大きい。

 

 政治的にも1948年に独立は果たしたものの未だに英国の強い影響下にあるし、ラダックの先チベットを巡っては、中国と厳しい対立関係にある。都市部では近代的な街並みが出来ているが、一歩それを外れると19世紀以前の暮らしが普通だ。

 

 高等弁務官事務所代表のヒューゴーフレッチャムは、妻と別れて弁務官公邸で一人暮らし。ただ毎日のように公的イベントがあり多忙を極めている。そんな彼の趣味が古美術などの収集。この日も古い仏像やナイフを入手して、夜はゆっくりこれを眺めていたいのだが、副高等弁務官宅でのパーティがあり夜半まで予定が詰まっている。パーティを切り上げ自宅に戻った彼は、何者かにナイフで刺殺されてしまう。

 

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 現場は強盗が居直ってヒューゴーを殺したように見えるのだが、英国政府は保安調査員のシンクレアを派遣して捜査をさせる。関係者の多くが外交官特権を持っており、現地警察の捜査がやりにくいこともあるし、単なる強盗ではなく諜報がらみの可能性もあったからだ。

 

 シンクレアはヒューゴー宅に滞在していた若い研究生ジェインの協力も得て、インドとチベットにまたがる事件の背景を明らかにしようとする。ヒューゴー宅の金庫からは25万ドル相当の金塊がみつかり、ソ連大使館のKGBっぽい男や、元インド軍将軍で実業家が事件に絡んでくる。一方ヒューゴー自身にもLGBTの疑惑や、密輸・マネロンの容疑も加わる。

 

 インド発のミステリーは少なく、インド人の生活をヴィヴィッドに描いている書はもっと少ない。実は邦題「とても私的な犯罪」は、ミスマッチ。原題「A Very Private Enterprise」を当てようとしたのだろうが、謎のネタバレを起こしかねない。

 

 面白い作品であることは確かですが「高等弁務官の死」くらいにしておくべきだったように思います。なお本書は、作家・翻訳家の小泉喜美子さんの遺訳だそうです。