本書は「本格の鬼」鮎川哲也の、星影龍三を探偵役にした短編集。事情があって光文社と立風書房で初出された4編を、改めて光文社文庫に収めたものだ。作者はクロフツ流の重厚なアリバイ崩しものを鬼貫警部を探偵役に書き、密室ものなどは星影龍三を探偵役にしていた。本書の中の作者の言葉にもあるように「密室ものとは縁を切ったつもりだが(トリックを)思いつくと書いてしまう」というわけ。
4作品とも軽快な「Who done it?」になっているが、面白いのはそのうち3編で、作者がワトソン役で登場すること。また登場しない「道化師の檻」は、次の作品「薔薇荘殺人事件」の冒頭、作者が「道化師・・・」を書き上げて薔薇荘にやってきたとの記述があることから、4作品が連作小説にもなっている。
星影龍三の本職は貿易商、丸ビル(今のじゃないよ)にオフィスがあり、目黒の自宅からはベンツに乗って通っている。傲慢で怜悧な男だが、作者をはじめ「困った時には星影もうで」をせざるを得ない天才探偵である。「薔薇荘・・・」以下の3作品はいずれも神奈川県で起き、薔薇荘を舞台にした2編は江の島近辺、もう1編表題作でもある「悪魔はここに」は厚木の山奥という設定だ。
いずれもワトソン役としての作者が旅先で事件に遭遇し、星影に助けを求める展開になっている。これは天才探偵を使う場合やむを得ないことで、天才探偵がいながら登場人物が次々に死んでいくようでは、天才どころか無能のレッテルを張られてしまうからだ。4編いずれも星影の登場とほぼ同時に、事件は解決する。「砂とくらげと」などは星影は南米に出張していて、作者からの手紙を読んで犯人や犯行手段を手紙で書いて送ってくる。
1919年生まれ大陸育ちの作者は、晩年は江の島に住んでいた由。本書の作品でも満州から多額の資産を持ち帰った富豪の話もあるし、湘南の海を密室仕立てにしたものもある。「読者への挑戦」を掲げたものも、回文のヒントを秘めたものもあり、作者の遊び心が横溢した短篇集となった。そんな「本格の鬼」も、2002年に湘南の地で永眠されました。あとには22編の長編と、いくつかの短編集が遺りました。