新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

ハードボイルドの記念碑

 ハードボイルド小説の祖と言われるダシール・ハメットは、長編を5冊しか遺していない。そのうちの2冊「血の収穫」と「デイン家の呪い」はすでに紹介した。いずれもコンチネンタル探偵社のオプ(探偵)である「俺」が主人公の1人称小説だった。ハメットのデビュー1929年は、エラリー・クイーンが登場した年でもある。ハメットの作品は、クイーンとは別の意味でセンセーショナルだった。

 

 「斬新でリアルな描写」と褒める評もあれば、「単なる暴力小説」と切り捨てられたこともある。確かに1929年に発表された上記2作は、やたらと血が流れるものだった。そして作者は1930年に本書「マルタの鷹」を発表したが、これが非常に高い評価を受け作者の代表作になるとともに、ハードボイルド小説の記念碑的なものになった。

 

 新しく主人公に選ばれたのは、サンフランシスコの私立探偵サム・スペイド。身長は6フィートほどだが、肩が盛り上がり逆三角形の体型をしている。顔もあごが細くなる逆三角形。愛想はなく、笑い顔も不気味なだけで「ブロンドのサタン」のようだと作者は言う。「スペイド&アーチャー探偵事務所」に、外国帰りらしい娘が来てある男を監視・尾行して欲しいという。

 

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 共同経営者のアーチャーが引き受けて監視につくのだが、その夜アーチャーは射殺されてしまった。また監視する対象だった男サーズビーも、別の拳銃で撃たれて死んでいる。依頼人の娘ブリジットの不振な行動を問いただしたスペイドは、彼女が「黒い鳥の彫像」を運ぶ仕事を引き受け、それにからんだ事件の渦中にいることを知る。

 

 「黒い鳥」の正体は、かつてマルタ騎士団スペイン王に贈ろうとした黄金製で宝石を埋め込んだものとの情報があった。それを狙う東地中海人とギャングの抗争に、スペイドは自ら飛び込む。名無しのオプに比べるとアクションは少ないスペイドだが、短気ですぐに血管を膨らませるし怒鳴り散らす。死んだ共同経営者の妻とは不倫関係にもあり、とても品行方正/冷静沈着な名探偵ではない。

 

 米国では評価の高い本書だが、江戸川乱歩は「利己と術策が目立つ悪人ばかりで興味が持てない」と言う。スペイドも悪人の一人と見ていい。僕も読むのは2度目だが、傑作とは思えない。むしろ「血の収穫」の方がアクション小説として評価できる。

 

 まあ、ハードボイルドという形を極めた作品という意味で、歴史的価値はあるでしょうね。