新城彰の本棚

ミステリー好きの自分勝手なコメント

金髪の小柄な悪女

 1947年発表の本書は、「幻の女」などで高名なサスペンス作家ウィリアム・アイリッシュ(別名:コーネル・ウールリッチ)の作品。熱烈なファンの多い作家で、その哀愁を帯びたサスペンスは他の追随を許さないほどの「高み」にある。徹底して犯罪の中の男女の愛を追求した作風でもあって、本書はその意味で特徴的なものだ。舞台は米国の南部、奴隷ではないにしても黒人の使用人も多く、街中には辻馬車が走り、これが20世紀半ばの米国を描いたものかと疑問を持たせる古めかしさだ。

 

 主人公のルイスは37歳の独身男、コーヒー商社を経営していて個人資産も10万ドルを超えるのだが、なぜか妻帯できていない。実は、20歳そこそこのころに破れた恋をいまだに引きずっている真面目男だ。そんな彼が文通で親しくなったセントルイスの娘ジュリアと結婚の約束をし、セントルイスからの船便(外輪船!)で彼女が嫁いでくることになった。写真でしか知らないが不美人で大柄の彼女を待っていたところ、小柄な金髪の若い娘が船から下りてきて「ジュリアです」という。写真は叔母のもので、ルイスとの年齢差もあって自分を隠していたのだという。

 

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 最初は不審に思ったルイスだが、ジュリアの若さ・美しさにほだされて、結婚式を挙げる。しかし暮らし始めるとジュリアには良家の子女とは思えないことがいくつも感じられるようになった。ある日彼女はルイスの口座から5万ドルを引き出して失踪してしまった。ジュリアの実家に問い合わせると、その娘はジュリアに成りすました偽者だとわかる。怒ったルイスは私立探偵に依頼して偽ジュリアを探そうとするのだが、それは彼を襲う悲劇の入り口でしかなかった。

 

 真面目な中年男とあばずれの美しい娘、2人は結局逃避行をする羽目に。偽ジュリアのいう「あなたが苦しむのは、良心を持っているからよ」との台詞が鮮烈だ。全財産をはたいても2人で逃げることを選んだルイスだが、偽ジュリアは本当にその愛に応えてくれるのか?古めかしい南部の街を巡りながらの、ゆがんだ愛の結末は・・・。同じ作者の「暁の死線」とは違う男女の逃避行、迫力はあったのですがちょっと古典的すぎるかも知れません。